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2017.01.13 Friday

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    Ariel RechtshaidとDev Hynes

    2014.04.13 Sunday

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      少し前より、とある仮説を立てて調査を進めていたことがある(調査といっても、ネットを検索するだけであるが)
      それは、Blood Orangeというミュージシャンの『Youre Not Good Enough』という曲を聴いたことに端を発する。


      この曲を聴いたときに、真っ先に想起したのが、Cyndi Roper(シンディ・ローパー)の『The Goonies R Good Enough』であった(映画「グーニーズ」の主題歌である。ちなみに、グーニーズの続編が作られるとのこと。やった!!)



      どうだろう?
      タイトルに、「Good Enough」という文言が入っている以前に、Blood Orangeは、非常に強いインスピレーションをシンディ・ローパーから受けているなと感じられないだろうか?

      Blood Orangeは、Dev Haynes(デブ・ハインズ)という28歳の男性ミュージシャンの一人ユニットである。彼は、Lightspeed Championという名義でも活動をしており、Blood Orange名義では2枚のアルバムをリリースしている。

      時を同じくして、Sky Ferreira(スカイ・フェレイラ)という2014年現在、新たなポップ・アイコンとして注目されている女性ミュージシャンの曲を、音楽評論家の高橋芳朗氏のラジオ番組で聴いた。『Everything Is Embarrasing』という曲である。




      そのときラジオでこの曲のプロデューサーである、Ariel Rechtshaid (アリエル・リヒトシェイド)という、34歳の男性の存在を知った。彼は、Vampire Weekendや、Haimといった、現在のモダンなシティロック(こんなジャンルがあるのか?)を代表するバンドを手がけていた売れっ子であったのだ。

      そして、このフェレイラの超名曲を、リヒトシェイドと共作したのが、上記のハインズであったのだ。
      さらに、ハインズのBlood Orangeの1stアルバムのプロデューサーを
      リヒトシェイドがつとめていたこともわかった。




      次に、リヒトシェイドが手がけた以下の曲を聴いてみよう。
      まずは、Haim



      そして、Beyounce(ビヨンセ)の妹の、solange(ソランジュ)


      私はシンディ・ローパーが大好きなので、全ての曲からシンディ・ローパーの影響を感じずにはいられない(マドンナ、プリンスの楽曲にも近いところが多々あるので、要は80'sポップの現代版だと言えばそれまでなのだが、本記事ではあくまでシンディ・ローパーだけに言及しておきたい)

      シンディの曲の何曲か貼付けておこう。
      まずは、『Time After Time』



      『All Through The Night』


      『My First Night With You』


      『True Clors』


      『I Drove All Night』


      ハインズや、リヒトシェイドがシンディについて言及しているような記事が無いかと、ネット上を探してみたのだが、何も見つからず、誰かがブログ等で言及していないかとも探してみたのだが、見つからなかったので、私がこういう記事を書いてみることにしたのだ。

      ほとんどの曲に共通しているのは、リバーブとアタックの強いドラム。幻想的なシンセサイザー。
      執拗なくらいに、イントロがドラムから始まることが多いことも気になる。
      ハインズとリヒトシェイドの楽曲からは、偉大なるアメリカンポップスの上に立ちながらも、現代のポップスを塗り替えようという強い意志の表明を感じ取ることすらできる。
      これは、シンディが提示し続けてきたと言ってもいい、孤独を抱えた人々全てに優しく寄り添う夜のサウンドトラックの後継であるのだ。

      最後に、シンディの代表曲と、その曲に影響を強く受けすぎて、これは大丈夫なのか?と、当時10代であった私が驚愕したとある日本の曲と歌詞を貼付けて、今回の記事を締めたい。
      この2曲を聴くといつだって泣いてしまいそうになる。





      本気はいいね ステキでいいね どんな時でも
      欲しいものを見つけたなら照れたりしなくていい
      あのコもきっと気付いてるはず伝わるものよ
      せつないほど輝いてる気持ちは
      まだ知らない景色が今
      弾んだ胸に Ah- 踊りだした

      DANCING YOUR HEART 恋したら
      TOUCHING MY HEART
      いくつになったて魔法にかかればおんなじ
      DREAMY DREAMER 夢中だね
      DREAMY DREAMER 大切な時を 話さないで




      美しい全ての夜と美しい全ての女性に

      JUGEMテーマ:音楽

      踊ってばかりの国 「風と共に去りぬ」に関して

      2014.04.05 Saturday

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        ”踊ってばかりの国”というバンドがいる。
        以前から好きだったが、最新作が素晴らしかったので、記録しておこうと思う。

        特に「風と共に去りぬ」という曲があまりにも秀逸だった。



        美しい童謡のようなロックンロール。
        忌野清志朗はもしかしたら中学生の頃はこのような歌声だったのかも知れない。
        そして、ボーカルの下津の歌詞は、忌野清志朗の百倍忌まわしい。

        1番と2番のAメロの歌詞がどうにも印象に残る。

        ガラスの靴紐をおでこに巻いて君の首をねじった
        売女の言葉なんて右から左で風と共に去りぬ

        消えてった命と夜空の星はどうも数が合わない
        あなたの言葉なんて右から左で風と共に去りぬ


        彼の歌詞には、「血」「よだれ」「ゲロ」「死」「悪魔」「売女」といった、ある種の人には嫌悪感を募らせる単語が頻出するのが特徴だ。
        私自身もそういった言葉を歌詞に頻出させるのは、露悪的で決して好きなわけでは無かったのだが、サウンドの純粋さと相まって、特別な美意識に消化されるのだろうか。非常に中毒性が高い。

        メンバーチェンジなどがあり、一時期興味を失っていたが、今後も新作はチェックしたいバンドの一つである。
        まずは、ライブを観てみたい。

        ちなみに、今年に入ってブログの更新頻度が上がった。
        今までは、気負いすぎて何か長文を書こうとしていたのだが、もう少しカジュアルにその時々の思うままに適当にアップすれば良いじゃないかと方針転換をしたからである。
        一番の要因は、YouTubeの貼付けが劇的に楽になったことであるが。
        その分というわけでは無いが、Amazonのアフィリエイトを貼付けるのはもうやめた。
        別にブログをやって小銭を稼ぎたいわけでは無いので。
        (実はちょこちょこ小銭が入った時期もあるのですよ、こんな零細ブログですら)
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        2013年の私的TOP5(ポップス&ロック 邦楽編)

        2014.01.01 Wednesday

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          2013年は終わった。
          しかし、このブログは終わらない。年間1回でも更新を続けていくつもりだ。

          ポップス&ロック
          邦楽編

          邦楽はあまちゃん関連が良かったとか、ふくろうずの久々の新作が出たとかあるが、そんなことをここで書いても全く面白味に欠ける。

          よって、現在Jポップで唯一聞くべき、AKB48の2013年のシングル5枚を、勝手にランキング付けしたいと思う。

          第一位「so long !」
           

          迫り来る春を待望する時期の緊張感のような美しさを秘めた渡辺麻由がセンターをつとめたAKB恒例の卒業ソング。
          大林宣彦による、「長岡花火物語」をベースにした、なんかスゴイPVも素晴らしかった。
          多くのAKBファンがあのPVを観たかと考えると胸が熱くなる。

          本作「so long !」はサビの歌詞に尽きる。

          思い出が味方になる
          明日から強く生きようよ
          つらいことがあったとしても
          1人じゃない 何とかなるさ


          かつて松本隆は松田聖子の「sweet memories」で、「懐かしい痛みだわ・・・」と、
          ノスタルジー、思い出、追憶を「痛み」と表現した。
          時を経て、2013年のアイドルは、「思い出は味方」だと高らかに宣言した。

          また、「sweet memories」のサビにおける「失ったものだけが美しく見えるのは何故かしら」という問いかけに対し、「so long !」では2番のサビで「思い出はまたできる」と力強く歌いあげている。

          テンポ感やコーラス感からどことなくMY LITTLE LOVERを思い出してしまう曲であった。

          AKBによる卒業ソングには名曲が多いのだが、本作が決定盤だなという気もするので、
          2014年以降はシングルリリースのタイミングを少しずらして卒業ソングはしばらく封印してはどうだろうか。

          第二位「鈴懸の木の道で「君の微笑みを夢に見る」と言ってしまったら僕たちの関係はどう変わってしまうのか、僕なりに何日か考えた上でのやや気恥ずかしい結論のようなもの」
           

          織田哲朗ここにあり。「走れ!ペンギン」を越えるとまではいかないが、織田哲朗は健在である。
          サビのメロディがありがちないようで、ものすごく不思議な聞き心地がするのは僕だけであろうか。
          具体的には、「ぼ〜くは こ〜の〜きも〜ち〜、か〜た〜らな〜い」
          の「か〜たらな〜い〜」のメロディのことである。

          あと、この曲のダンスの振り付けがとても気に入っている。



          第三位「恋するフォーチュンクッキー」
           

          「so long !」や「鈴懸なんちゃら」の下であるはずが無いという人も多いだろうが、個人的なランクなのでここである。

          前田敦子以外のメンバーが初めて総選挙で1位を取ったときのシングルはAKBのターニングポイントになりやすい。

          大島優子が初めて1位となったときの「ヘビーローテーション」。
          そして、指原莉乃が1位となった「恋するフォーチュンクッキー」は似た感触を持った曲だ。

          いつも聴いてたfavorite song
          あの曲のように
          ずっと繰り返して24時間
          君だけ リクエスト中

          (ヘビーローテーション)

          カフェテリア流れるミュージック
          ぼんやり聴いていたら
          知らぬ間にリズムに合わせ
          つま先から動き出す

          (恋するフォーチュンクッキー)

          どちらの曲からも漂う80年代FM感。2013年現在、決して生きているとは言えない単語が飛び交うところに共通点がある。
          この2曲はAKBのファン層を拡大するきっかけとなった2曲である。中高年層にも訴える力を持った曲であったのだが、
          要は秋本康がもっとも得意としていたバブルを経由した年齢層に向けて書いてみたら、案の定、大ヒットしたのである。



          第四位「さよならクロール」
           


          オルタナティブである。
          明朝体感が90年代である。

          奇しくも2013年初頭に「さよならドビュッシー」という明朝体感、90年代感(※)に満ちた映画が公開されていたことと無関係とは誰も言えない。

          2013年最も売れたシングルとなったようだが、中心を欠いた曲であった印象は拭えない。

          各バージョンに収録されているカップリングは、本年の5枚のシングル中最も良かった。
          その中でも「ロマンス拳銃」「ハステとワステ」が気に入った。
          そして、劇場盤のみに収録されている、研究生(8月に新チーム4となった)による「LOVE修行」が今年の本当のベスト1である。

          ※ここで言う「90年代感」とは"何となく"の雰囲気で強引に押し切ってしまう様子を指す。虚構に満ちた表現とも言える。
          蜷川実花が手がけたPVは、2013年のAKBシングルの中で唯一、具体的なストーリーもメッセージ性も持たないものであった。ただ"何となく"可愛げな雰囲気に満ちている。
          90年代は、奇跡的にクレイジーな人々がいたので成り立っていたのだが、21世紀に入り、まともな人達が表面的に90年代感をなぞり始めたため、パンチに欠ける虚構の作品ばかりが増えてしまった。
          日本のロックバンドがヒットチャートから消えてしまった要因の一つだと僕は考える。
          ただし、皮肉としてこの言葉を使っているわけでは無い。虚構だろうが何だろうが、
          個人的にはこの90年代感が大好きである。

          第五位「ハート・エレキ」
           

          これを書きながら、「さよならクロール」の下に配置する理由がよくわからなくなってきた。
          決して中心を欠いた曲では無かったので十分のような気がする。

          単純に曲が「さよならクロール」に比べると好みでなかっただけである。


          最後に2013年末現在、AKB48の(僕にとっての)ベスト20をあげておこう。
          48グループ全体を対象にしようかと思ったが、ちょっと大変なのでやめておいた。
          NMB48のアルバムはめちゃくちゃよかった。

          2014年末にはこのランキングがどのように変化しているか楽しみである。

          1.ファーストラビット
          2.LOVE修行
          3.走れ!ペンギン
          4.so long !
          5.ロマンス拳銃
          6.少女たちよ
          7.鈴懸の木の道で「君の微笑みを夢に見る」と言ってしまったら僕たちの関係はどう変わってしまうのか、僕なりに何日か考えた上でのやや気恥ずかしい結論のようなもの
          8.恋するフォーチュンクッキー
          9.永遠プレッシャー
          10.ポニーテールとシュシュ
          11.清純フィロソフィー
          12.10年桜
          13.チームB推し
          14.GIVE ME FIVE
          15.Party is over
          16.桜の花びらたち前田敦子ソロ
          17.重力シンパシー
          18.ハステとワステ
          19.ヤンキーソウル
          20.RIVER
           


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          Waters of March (Águas de Março)

          2011.12.29 Thursday

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             2011年が終わる。

            高樹千佳子の年間ベストディスクを選定した熱い記事に触発されて、自分も久々にそんな記事を書きたいものだが、時間がかかりそうなので今日のところはやめておく。

            高樹千佳子の記事は以下のリンクになるので、全洋楽ファンは必読である。


            今年最も感銘を受けたこと(文章、歌詞、行為と言い換えてもよい)だけを、取り急ぎ記録しておきたい。

            10月、菊地成孔が自身のラジオ番組で、アントニオ・カルロス・ジョビンの「三月の水」をかける前に、訳詞を朗読した。
            そしてその後、自身のサイトの日記に、補足と「三月の水」を掲載した。

            前段に感銘を受けたと書いたが、感銘というよりは呆然としてしまう。
            素晴らしいというより、ただただ凄まじい。
            今年3月の大災害と結びつけて感じ入るという行為は、菊地氏にもジョビンに対しても失礼にあたるのかも知れないが、否が応にも心をとらえて離れない。

            ただの菊地成孔信者の戯言と受け取られれば、否定しようも無い。

            歌詞をここにも転載したいところだが、それはとても敬意を欠いたことだと思うので、以下のリンクを記録しておきたい。


            今回は僕が書いた記事ではない。ただの記録。

            ウェブ世界というものが存在し続ける限り、永遠に残り続ける備忘録。

            メモ。





            <追記>
            とはいいつつ、最後の六行だけを転載することをお許しあれ。

              命 太陽
              夜 死
              夏を閉じる
              三月の水
              君の心には
              生きる希望


            by gnyuske

            『1979年のクールキッズ』

            2010.08.12 Thursday

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                2010年8月11日、新木場STUDIO COASTにて、The  Smashing Pumpkins(以下、スマパン)のライブに行って来た。10年ぶりの来日であり、僕はその10年前のライブに行った記憶がある。

               1988年にシカゴで結成されたこのバンドは、1990年代のアメリカを代表するオルタナティブロックバンドだった。

               Vo/Gtでありメインソングライターのビリー・コーガンを中心に、ギターのジェイムズ・イハ(日系3世であり、日本名は井葉吉伸)、ベースのダーシー(女性)、ドラムのジミー・チェンバレンの4人がオリジナルメンバーである。


               全盛期は1996年にドラムのジミーが薬物で逮捕され解雇されるまでであり、それ以後もバンド活動を続いていたが、その後もメンバーの交代、脱退を経て、ビリー・コーガン以外は新しいメンバーに代わっている。


               スマパンは90年代アメリカを象徴するような名曲も生み出したと思うが、よくよく考えるといわゆるクールなバンドとは程遠い。ハードロック、ヘヴィメタル、UKニューウェーブを下敷きにした音楽性はお洒落とはとても呼べるものでは無いし、アルバムも近年は駄作と呼べるようなものばかりだ。世界一センスの良いロックバンドである、pavementには馬鹿にされている存在だった。


               しかし、僕のようなオールドファンにとって、それでも彼らを諦めきれない理由はただひとつ、いつかオリジナルメンバーが揃って完全な復活を遂げることだ。


               2005年にスマパンが活動休止中で、別バンドのZWANを解散させた、ビリー・コーガンは地元のシカゴ・トリビューンに全面広告を出した。内容はスマパンの再結成計画であり、オリジナルメンバーのイハとダーシーに向けて呼びかけるという内容だった(ドラムのジミーはZWANで一緒だったのでそのまままたスマパンに戻った)。


               この全面広告を観て僕はビリー・コーガンのその女々しさにしびれてしまった。

              オリジナルメンバーでの復活。その夢はもろくも崩れ去り、ドラムのジミーですら去ってしまった悲しきビリー・コーガン。その彼が10年ぶりに来日したのだ。


               往年の名曲の数々は盛り上がった。最新の曲はさほどの盛り上がりは無かった。観客は正直である。皆、待っていたのは『Today』であり、『天使のロック』であり、『tonight tonight』であり、『ZERO』であり、『bullet with butterfly wings』であった。


               新メンバーを引き連れた悲しきビリー・コーガンは楽しそうに演奏していた。全盛期と比べてどうかなどと野暮なことは言ってもしょうがない。バンドの演奏はさすがアメリカのバンドだという安定感があった。

               ドラマーは若い男の子で、観客も含めて会場にいた誰よりも若かったかもしれない。悪くはなかったが、立体感に欠けるドラムだったように思える。スマパンはギターのディストーションで音の粒をつぶしたような音質であるので、どうしてものっぺりとした曲に聞こえがちなのだが、そうした平面的なサウンドに厚みを加えていたのが、前ドラマーのジミーであったと思うからだ。


               過去に僕が1番目に愛した曲と、2番目に愛した曲は演奏されることは無かった。

              1番に愛した曲は、『mayonaise(マヨネーズ)』

              好き過ぎて、僕は自分が所属するバンドで臆面も無くこの曲をパクった。正確に言えば、レディオヘッドの『fake plastic trees』混ぜ合わせて砂糖醤油をかけたような曲だった。しかし、演奏している時はいつもスマパンを思い浮かべた。これはこれで楽しかったのだ(レディオヘッドとスマパンなんて今考えるとちょっとアレで恥ずかしいけど、20歳くらいの時の話なので勘弁)。

              10年前のライブでも演奏はしていなかった。オリジナルメンバー原理主義者として妄想するならば、メンバーが一人でも欠けたら演奏しないという、バンドにとっても思い入れの強い曲だったのかも知れない。


              ↓は、この曲のPV。初めて観た。ガス・ヴァン・サントっぽい!

              http://www.youtube.com/watch?v=dmgnWzcUww0&feature=related


              2番目に愛した曲は、『1979』

              これはPVが好きだった。これも何だかガス・ヴァン・サントっぽい!↓

              http://www.youtube.com/watch?v=NNwu3b3mid8&feature=fvst


              Dragon Ashがサンプリングして大ヒットした、『Today』はライブ序盤で演奏された。会場中で大合唱だ。歌詞が覚えやすいし、内容は青春の匂いがプンプンと漂ってくる。


              以下、『Today』より抜粋


              今日はいままで最高の日

              明日のためになんか生きられない

              明日はあまりにも長すぎる

              ここを出るまでに両目が焼き尽くされてしまう


              帰り道、演奏されなかった『1979』を聴く。

              深夜、人のいない吉祥寺ストリートを、行儀悪く歩き煙草で闊歩すれば、「1979年のクールキッズ」にいつだって戻ることができる。


              以下、『1979』より抜粋


              1979年の徹底捜索 クールなキッズにはいつも時間がない

              ストリートのすぐ上の電線で、僕と君は出会うべきだ


              忘れ去られ、土の下に吸収され、ストリートに熱されて、音は緊急性を増す

              ご覧の通り ここには誰もいない



              『世界で最高のロックバンドが2組も来日した4月』

              2010.04.24 Saturday

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                  PAVEMENTのライブに行く、4月7日、新木場スタジオコーストにて。
                 Wilcoのライブに行く、4月23日、ZEPP TOKYOにて。

                wilco

                 アメリカで、いやさ世界で最高峰のロックバンドが2組来日した2010年4月は記憶忘れ難い月となった。
                 PAVEMENTは約10年ぶりの再結成でどうなっているかと思ったが、予想外の力強い演奏で、ローファイだとか演奏がヘロヘロだとか言われていたのはいつのことやらと感じた。
                 wilcoはキャリアの長いバンドであるが、現役感をバリバリに備えた安定感のある演奏を2時間強に渡って繰りひろげた。

                 2組とも大体客層は似通っているのかと思っていたが、決してそうでもなかった。PAVEMENTの客層がわかりやすいくらい音楽オタクぽい奴らの集まりで、wilcoの方は外国慣れしたようなイケイケの感じの奴らが集まっているように思えた。実際、外国人の数も多く、PAVMENTのときはMCが何を言っているのかよくわからず、笑いを取るということは少なかったのに対して、wilcoはしゃべりで会場が笑いに包まれる場面が多く、このあたりも現役のライブバンドたる貫禄を見せていたように思う。

                 ただし、そんなことはライブの素晴らしさを判定する上で大した要素では無い。どちらが良いとの判断は難しく、好みによるだろうと思う。wilcoが、緩急使い分ける安定したピッチングなのに対して、PAVEMENTはど真ん中の豪速球で勝負といった感じだろうか。何だったら、ボールが炎に包まれているかのような、豪速球ぷりだったのだ。

                pavement

                 僕は31歳にもなって、ようやくロックとは何なのかということを本気で考え始めている。ロックとは本質的に馬鹿馬鹿しさを持ち合わせている音楽だと思うのだ。いつからか、誰のせいかわからないが、シリアスになり過ぎたのだろう。ロックの持つ、根本的な馬鹿馬鹿しさを唯一、持ち続けたのがPAVEMENTというバンドだった。もし再結成したPAVEMENTからそういった馬鹿馬鹿しさが失われていたとしたら、フロントマンであるマルクマスはきっと再結成ライブは一度きりでやめていただろうと思う。対して、wilcoというバンドは、こういった馬鹿馬鹿しさを持ち合わせているわけでは無い。
                 
                 どちらのライブが良かったなど、判定するのはナンセンスだということはわかっている。しかし、今回はあえてwilcoに軍配をあげたいと思うのだ。PAVEMENTは、今年のSUMMERSONICに出演するという話を聞いている。そういった野外フェスでこそ、PAVEMENTの本領を発揮するだろうと感じるからだ。フェスの場でこそ、PAVEMENTが持つ「悪ふざけ感」は、より際立つだろうと思うし、僕はそのことを切に願っている。





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                アイ・リメンバー・ユー

                2009.11.09 Monday

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                  常磐貴子が結婚した。

                  で、話は飛ぶのだが、「芸能人で言うと、好みのタイプの女性(男性)は誰?」何て言う会話は、使い古されてはいるが、どんな飲み会などでもひとしきり盛り上がる話題の一つだ。
                  で、僕はと言うと、ここ数年はずっと宮崎あおいだと言っていた。胡散臭い噂の絶えない男と結婚してしまってからも、意固地になって言い続けているわけだ。じゃあ、実際に宮崎あおいのような女性を探し求めて恋愛をしたりするのかというと別にそんなことは無い。まあ、本気でそう思っていたらとてもじゃないが一生結婚などできようが無いからだ。
                  当然、飲みの席でのたわいのない話のタネの一つであり、まあ現実の自分の生活に食い込んでくるなんてことは無いわけだ。
                  しかし、現実の生活に若干食い込み気味だなと思う女性芸能人が、常磐貴子だったなと、彼女の結婚を機に改めて感じた。
                  誰しも、好きになりやすい容姿(顔)というのはある。通奏低音のようにずっと僕の中にあった顔は常磐貴子だったのだろう。

                  そういえば、彼女の出ているドラマはよく観ていた(映画はちっとも良いものに出てくれないけど)。
                  その中でも一番好きだったドラマが2001年に放送された「カバチタレ」という深津絵里と共演した、漫画を原作とした行政書士のコメディドラマだった。


                  このドラマの何が良いって主題歌の「ドゥー・ユー・リメンバー・ミー」という曲だった。
                  作詞が安井かずみ、作曲が加藤和彦だった。
                  wikipediaによると、加藤和彦がロネッツの『ビー・マイ・ベイビー』を意識して作曲した曲といわれているこの名曲は本当に素晴らしくて、ドラマのオープニングで初めて聴いた時は、あまりにもフィル・スペクター風で思わず笑みがこぼれてしまったことを思い出す。

                  キタキマユ - Do You Remember Me(you tube)

                  作曲が加藤和彦だと知ったとき、それがあのフォーククルセイダーズ、サディスティック・ミカ・バンドの人だとは到底思えなかった。

                  歌詞が本当に良い。

                  あなたに一日会えないと
                  それだけで人生にはぐれた
                  そんな気がしてた 恋する女 そんな私を
                  Do you remember me

                  真夏の太陽がきらめく
                  砂浜で今でも憶えてる
                  それはしあわせになりたいと言った そんな私を
                  Do you remember me
                  Do you do you remember me

                  月日がたつのは早いものだと
                  あなたもまた そう思うでしょうか

                  やがて別れの日がくると
                  おたがいに感じ始めた頃
                  ひとり旅に出た私を探しに来てくれた事
                  Do you remember me
                  Do you do you remember me

                  月日がたつのは早いものだと
                  あなたもまた そう思うでしょうか

                  you tubeで検索してオリジナルの岡崎友紀、永作博美のribbonなど様々なバージョンが聴けたが、やはりこのキタキマユのバージョンが一番良かった。
                  「砂浜」という単語が歌詞に出てくるが、まさにその砂の中にキラキラと輝く金が混じっているような輝きがキタキマユのバージョンにはあったのだ。

                  加藤和彦が亡くなった後、もう一つ自分の人生の中で彼の曲が関わった出来事を思い出した。中学校1年生のときの校内合唱コンクールで「あの素晴らしい愛をもういちど」を歌ったのだ。


                  誰が選曲したのかはわからないけど、今にして思えばなかなかセンスのある選曲だったと思う。当時中学生の僕には、何とも大人を感じる歌詞だったことを思い出す。
                  出だしが、「命かけてと誓った日から〜」なのだ。中学生に理解できるわけも無い。

                  メロディラインが美しくて好きだった。
                  二番の「赤とんぼの唄を歌った空は〜」の部分を歌うと、一気にメロディが加速していくような心地良い感覚を感じることができた。
                  「あのとき〜」というBメロの後で、サビの「あの、素晴らしい愛を〜」となる部分が大げさに盛り上がるのでは無く、少しテンションが下がるメロディが新鮮だった。

                  ここからが僕の完全なる妄想だが、この曲と対をなす曲、アンサーソングとも言えるような曲が、サザンオールスターズの「ミス・ブランニュー・デイ」だったと思うのだ。
                  メロディの展開がそっくりである。Aメロ、Bメロで加速して、テンションを上げていくメロディライン、そしてサビが一番テンションが低く、音階の幅を狭めている点がまさにそっくりだ。
                  「あの素晴らしい愛をもういちど」が真剣な愛の歌だったのに対し、「ミス・ブランニュー・デイ」の歌詞は徹底的に軽い愛を歌っている。これは桑田圭祐による、「あの素晴らしい愛をもういちど」への皮肉でもあり、敬意でもあったのでは無いだろうか。

                  桑田圭祐が加藤和彦に関して何か語っていたかどうかは思い出せないが、相当影響を受けていたのでは無いかと類推できる。いつか加藤和彦の死について語るときは来るのだろうか。

                  加藤和彦のソロアルバムなどを聴き直したが、どうにも歌い方がメタメタしていて、あまり景気の良いものでは無かった。
                  彼は歌声を残すというよりも、曲そのものを残してこの世を去ったのだろう。
                  それだけでミュージシャン冥利に尽きるものだろうと思うのだが、彼はそれが不満だったのかも知れない。
                  自分の歌声が残るべきものでは無いことに早くから気づいてしまっていたのかも知れない。
                  それが彼の最大の不幸であり、自殺を選ぶことになったのかも知れない。

                  なんていう推測はあまりにも、安っぽく根拠に欠けることで僕などが語るべきことでは無いことはわかっているのだけれど。

                  『さらばルーシー』

                  2009.07.23 Thursday

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                    これは嘘でも何でも無い話なのだけれども、今日、昼ごはんを食べて会社に戻ろうと歩いている時、ふと「ゲット・アップ・ルーシー」が頭に浮かんで脳内で口ずさんでいた。

                    ミッシェルは大好きなバンドだったけど、解散して何年も経つし、CDなどもほとんど聴くことは無かった。だから、どういう経路で「ゲット・アップ・ルーシー」が頭の中で鳴ったのか全くわからなかった。

                    夕方、yahooニュースを見ると、『元ミッシェルのギタリスト、アベフトシさん急死』との見出しが・・・・
                    記事によると、
                    「22日未明に急性硬膜外血腫のため、死去したと所属事務所の公式ホームページで発表した。43歳だった。」とのこと。


                    ミッシェル・ガン・エレファントは2003年に解散した。
                    解散がここまで惜しくないバンドも珍しかった(僕にとっては)。
                    それは、最後の方は良くなかったとか、興味が失せたとかでは無い。
                    一言で言えば満足したのだ、それも完璧なまでに。

                    ラストアルバムは聴いた誰もが、これで最後なんだなという内容だったし、素晴らしいものだった。もうこの先、ミッシェルの新曲は一曲も聴かなくていい、ライブも一度も観なくても良い。今まで感じてきたこの満足感だけで充分だと感じることができた唯一のバンドだった。

                    大学のバンドサークルでバンドをやっていた頃、何曲かコピーした。
                    5,6曲くらいやった覚えはあるが、確実に覚えているのが、「世界の終わり」「ウェスト・キャバレー・ドライブ」「ダニー・ゴー」の3曲だ。ギターを弾きながら歌った。あんなに上手い演奏など到底できなかったけど、とにかく演奏するのが楽しかった記憶がある。ミッシェルの楽曲は、バンドで演奏してみるとわかるのだが、他のバンドの曲をコピーするのとは快楽度が段違いだった。ライブで演奏したときに演奏者が楽しめることだけを念頭に作っているんでは無いかと思うほどだ。

                    彼らの生演奏は2度ほど観る機会があった。生で観たときはとにかくアベフトシのギターがかっこよかった。聴けば一発で彼の演奏だとわかる個性があった。

                    ミッシェルが活躍していた頃、10代後半〜20代前半くらいだった世代(現在20代後半〜30代前半くらいか)にとっては、世界一かっこよいバンドだったと思う。外国のバンドに負けていなかった、というより、圧倒的に勝っていた。

                    好きな曲は何かと問われれば、「世界の終わり」とか「ダニー・ゴー」だとかボーカルのチバユウスケの色が濃い楽曲を好んでいた気もする。それなのに、久々に頭に浮かんだのは「ゲット・アップ・ルーシー」だった。バンド内の作曲における関係性はよくわからないが、この曲はきっとアベフトシの色が濃く出た曲なのだと思う。だって、めちゃくちゃギターがかっこいいのだ。(僕がミッシェルをきちんと意識して聴いたのも、このシングルからだ。)

                    ギターの音作りは、エフェクターは使わずアンプとギターのみとwikipediaに書いてある。それで思い出したのだが、確かマーシャルのアンプに差したら、とりあえずフルテン(色々付いてるつまみを全部最大値にする)にして、そこからちょっと微調整するみたいな発言をどっかで聴いた気がする。で、僕も真似してみようと思ったのだけど、ギターもアンプも全然違うので、あんなソリッドでかっちょいい音を鳴らすことはできなかった。

                    僕がミッシェルを知ったときは少年と青年の狭間だったし、ギターも既に手に取っていたのでちょっと違うけど、当時の中高生くらいの少年達の多くにギターを持たせたというアベフトシの功績はかなり大きいのでは無いかと思う。(真似すんのは難しいけど)

                    ということで、銀河鉄道999のラストの名ナレーションを拝借して締めさせていただきます。
                    (この後、ゴダイゴの「銀河鉄道999」が流れます。)

                    今、万感の想いを込めて、ギターが鳴る
                    今、挽回の想いを込めて、ギタリストが逝く

                    一つのリフが終わり、また新しいリフが鳴る

                    さらばチキンゾンビーズ
                    さらばミッシェル・ガン・エレファント

                    さらば少年の日よ


                    (2分過ぎより)

                    『トランジスタラジオ』

                    2009.05.04 Monday

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                      学生の頃、コンサートの係員のバイトをちょくちょくやっていた。日本武道館でのコンサートのバイトの時、その日出演するミュージシャンがもうすぐ到着するということで、僕が車の着く所に出迎えに行って、楽屋まで案内するように命じられた。

                      昨夜、yahooニュースに出た速報を見て即座にそのときのことを思い出した。その日のアクトである忌野清志郎は、テレビなどで見ていたあの彼と同一人物だとは一瞬気づかない程、普通の中年男性であった。58歳という若さで亡くなるとは思いもしなかった。自分の父親よりも(少しだけだが)若いのだが、そのブルースマンは父親よりもずっと老けて見えた。背も小さく、いつものメイクもしていなく、奇抜な格好もしていない素顔の彼は、今にして思えば、華やかで破天荒なロックンローラーというよりは、年老いたブルースマンであったのだ。

                      自分も(一応ロック)バンドなどをやって、若さゆえの青臭い希望を音楽の世界に抱いていたわけだが、忌野清志郎のあまりのオーラの無さは、僕の若い夢にどこかかしら水を差したようにすら感じた程だった。

                      緊張もしてたし、取り巻きの人もいたし、僕は言葉すらかわすことができず、彼の楽屋まで何となく案内めいたこと(多分僕がいる必要は全く無かった)をして、そのブルースマンとの一瞬の時間の共有は終わった。

                      昨夜のニュースが出てから、多くの音楽ファンと同じように僕もRCサクセションのベストアルバムを聴き直した。バリー・マクガイアの「明日なき世界」の日本語カバーは最高だった。「スローバラード」を聴くとどうしようも無く胸が締めつけられる。タイマーズの時にやった、モンキーズの「デイドリームビリーバー」は好き過ぎて聴くことができない。カバーが完全にオリジナルに勝っている例とは世界中探してもあれだけだと思う。

                      「トランジスタラジオ」は、ロックを心から愛する男子にとって特別な曲だ。ラジオ一つで、ベイエリアからリバプールまで聴いたことの無いナンバーとつながることができたあの若い時の興奮を完璧に表現した曲は、世界でもあの曲以外に無かった。

                      中学生から高校生にかけて、FMラジオのエアチェックなどをして、ビートルズから始まって、過去の偉大なロックをたくさん吸収した。名前だけ先に知って、後から曲を聴くたびに訳の分からぬ興奮を覚えた。

                      高校の行き帰りで自転車に乗って、ボブ・ディランの「Like A Rolling Stone」を聴いた。何を言ってるのか全くわからなかったけど、あの長い曲がいつまでも終わって欲しくないと感じた。デヴィッド・ボウイの「starman」を聴いてこれが自分の理想とする曲だと本気で勘違いした。TRexの「Metal Guru」でギターのディストーションの魅力を知った。黒人のソウルに触れた。サム・クックの歌声が背骨を震わせた。

                      忌野清志郎の音楽をさほど聴いてこなかった。しかし、「トランジスタラジオ」という曲の存在を忘れたことは無かった。好きな音楽を見つけたときの喜びは全てあの曲で表現されていた。

                      この曲の歌詞で一番好きなところは、

                      授業中あくびしてたら、口がでっかくなっちまった
                      居眠りばかりしてたら、もう目が小さくなっちまった


                      そういえば、あの日本武道館の楽屋口で見た彼は、口が大きく目の小さなブルースマンだった。

                      teenage fanclub 2009

                      2009.02.28 Saturday

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                        Tennage Fanclub(以下、テ ィーンエイジファンクラブ)が今年のサマーソニック09への出演が決まったとのことだ。久しぶりの新アルバムがリリースされるとのことだったので、来るだろうなあとうっすら思っていたが、こうして改めて確定情報を得ると喜びもひとしおだ。

                        イギリスはグラスゴーを代表するバンド、ティーンエイジファンクラブのライブは過去3回観ている。初めて観たのは、記念すべき第1回目のサマーソニックであった。この時のサマーソニックは今のように会場が幕張ではなく、山梨県の富士急ハイランドだった。ステージの数も今のようにいくつも無くて、メインステージと、セカンドステージの2つだけであった。

                        第1回目のサマソニは今思うとよだれモノのメンツ揃いで、僕は2日目だけに行ったのだけど、1日目のメンツも今から思うと凄い。ジェームス・ブラウンやアレステッド・ディベロップメントなんてなかなか観れ無さそうなメンツがいるし、セカンドステージには、フレインミング・リップスやイールズ、グランダディがいて、シガーロスやコールドプレイがイールズやらスーパーカー、イースタンユースよりも全然前の出番だってのも凄い。

                        summersonic 2000


                        僕が行ったのは2日目だ。確か記憶を辿るとアット・ザ・ドライブインを観て、スナッグ、くるり、タヒチ80と観て、ウィーザーを観て、ティーンエイジファンクラブを観た。

                        この日のターニングポイントはウィーザーであった。ウィーザーを観て、そのまま残ってグリーンデイを観るのか、あるいは移動してティーンエイジファンクラブを観るのかという選択肢が多くのギターロックファン達に突きつけられた。

                        グリーンデイを観るか、ティーンエイジファンクラブを観るか。

                        この当時のグリーンデイはまだ、メロコアの旗手のような存在でまあ言ってみれば、元気が良く、マッチョなイメージさえどこかかしらあった。比べてティーンエイジファンクラブは雑な言い方をするとナードな癒し系といった(雑な言い方だと)イメージがあったと思う。

                        更に雑に言ってしまうと、体育会系か文化系かみたいな違いなんだろうと思う。よくよく考えればウィーザーを通過している上で、バリバリの文化系なのだが、その中でも小さな差異はあって、「文化系の体育会系」とよりピュアな文化系とに分かれていくのである。ただ、これは興味の無い人々にとってはあまりにも瑣末なくだらない差異にしか映らないと思う。

                        わかる人にしかちっともわからないような話だけど、これはあくまでも僕の印象であって、実際のバンドの音楽性から受ける印象とはあまり関係無い。

                        何にせよ、グリーンデイ(当時の)を観に行くような人達は、頭にタオル巻いて短パン姿のような男子が多くて、ティーンエイジファンクラブに行くような人達は、暑くても細身の長ズボン、メガネ率高しみたいな男子が多いのだ。(雑な見方だけど。)

                        グリーンデイ(あくまでも当時の)を観に行くような人達は、「パーティーしようぜ!」みたいなノリが好きな人が多くて、ティーンエイジファンクラブに行くような人達は、公園で一人でヘッドフォンで音楽を聴くのが好き、みたいな人が多いのである。(本当に雑な見方だけど。)

                        で、僕はメガネをかけていないし、暑いので短パンを履いていたけど、迷うことなくティーンエイジファンクラブを観に行った。

                        2000年8月6日、22歳になる2日前のことだ。
                        ウィーザーが演奏したメインステージから、ティーンエイジファンクラブが演奏するセカンドステージまでは歩くと15〜20分くらいかかるほど遠い。セカンドステージはあまり広くないと、時間がギリギリになると最悪入場規制がかかり、観れなくなる可能性がある。ウィーザーのステージが終わる少し前、あと1,2曲を残して移動を始めた。何故なら同じように、ウィーザーを観て、ティーンエイジファンクラブを観ようと考えている人達がたくさんいて、ポツポツとそうした人達が移動を始めるのがわかったからだ。ステージではウィーザーが「Surf Wax America」を演奏していた。凄く名残惜しかった。

                        セカンドステージまでの道のりを多くのティーンエイジファンクラブのファン達が走っていた。僕も負けじと走った。皆、小走りなんてもんじゃなくできる限りの速さで走っていた。入場規制がかかる前に、少しでもステージの近くに、という想いに駆り立てられていた。

                        30歳の今だったら、ウィーザーを観ないで、最初からセカンドステージに陣取ってティーンエイジファンクラブを待っているだろうが、当時は欲張りだった。どっちもどうしても観たかったのだ。そして、全く同じ考えの人達がたくさんいて、皆一斉に同じ方向に向かって走っていたのだ。勢い余ってこける者もいた。それはそれは愉快な光景で、笑いながら走っていた。

                        バンドが登場して、1曲目が始まった。「everything flows」というファーストアルバムの1曲目、多くのファンに取ってはティーンエイジファンクラブとの出会いの曲であり、イントロからディストーション全開で一斉に音を鳴らすので会場はとてつもない盛り上がりを見せた。ただ僕はファーストアルバムをCDでもMDでも音源を持っていなく、「everything flows」は良く知らなかったので、一人だけ乗り遅れた感じを受けたのを良く覚えている。他のアルバムの曲は大体聴けばすぐに曲名が出るくらいまで聴いていたが、そのアルバムだけは何故かちゃんと聴いていなかった。ギターのディストーションが強く、非常にノイジーな曲なので、ほとんどどんなメロディなのかもわからなかった。でも、凄く良い曲だということだけがわかった。今まで聴いてきたティーンエイジファンクラブの曲の中で一番良い曲だと感じた。

                        太陽が落ちきっていなかったので、屋内型の会場であるセカンドステージの中に外の光が差し込んでいた。

                        最後の曲は「the concept」だったと思う。もう陽は落ち切っている。「I did't want to hurt you oh yeah〜」の所と、後半テンポが落ちて、ふ〜う〜ふ〜うう〜とハミングが続くところはもう大合唱。

                        この1曲目と、最後の曲の光景をずっと覚えている(その間は全く覚えていないのだが)。どういう角度からバンドメンバーを観ていたか、どういう光が当たっていたか、どういう音が鳴っていたか。どんな会場でどんな天井だったか。

                        文字に起こすことは不可能だが、その時の全部が記憶に焼き付いている。

                        その後2回ティーンエイジファンクラブのライブに行ってるし、その内1回は2005年のサマーソニックなのだが、不思議なことに全く覚えていない。

                        今年、10周年を迎えるサマーソニック09で彼らが久々に来日するのだが、まるで10年ぶりくらいに彼らのライブに行くような感覚にさえなっているのだ。

                        彼らの音楽は大抵”エバーグリーン”やらそんな形容をされる。聞き込めばアルバム毎に音楽性は変化してきているが、『相変わらず』な良さがある。記憶に焼き付いている1回のライブと、全く記憶に無い2回のライブ。どちらも彼らは同じように『相変わらず』な演奏をしていたのだろう。違いがあるとすれば、多分に僕自身の方だ。今回のライブは記憶に残るものとなるのだろうか。

                        「everything flows」より(超意訳 by gnyuske)

                        See you get older every year
                        But you don't change
                        Or I don't notice you changing
                        I think about it every day
                        But only for a little while
                        And then a feeling

                        毎年、年をとっていくのに、君は変わらないなあ
                        僕が気づかないだけかもしんないけど
                        毎日そんなこと考えてるよ
                        でも、ふとそう思うだけで、それから感じるんだ


                        A Catholic Education