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2018.04.16 Monday

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    ヴォルフガング・ティルマンス展に関して Part2

    2004.11.13 Saturday

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      ヴォルフガング・ティルマンス展に関して Part1 より続く


      清水穣著『白と黒で―写真と…』

      10月31日 ティルマンス展の企画として開催された写真評論家の清水穣氏の講演に行ってきた。

      写真評論家の清水穣氏の書いた『白と黒で 写真と・・・』(現代思潮新社)を読んで、写真というのはこのような見方ができるのだなと感嘆していた矢先だったので、彼がティルマンスについて語るというからには行ってみないわけにはいかない。(というか、写真の評論書というものを初めて読んだので他にも良書はたくさんあるのかも知れないが)

      著書の中でも、雑誌「美術手帖」の最新号でも、展覧会のパンフでも清水穣氏はティルマンスについて語れる人物として登場しているので、日本におけるティルマンス研究の第一人者なのだろうと勝手に推測した。


      『Portraits』

      初台オペラシティアートギャラリーの中にある大きな会議室には多くの写真家の卵と思われる若者であふれ返っていた。(どっかの写真学校の生徒達だろうか)。そこに、温厚そうな顔をした清水氏が登場して講義が始まった。

      講義のテーマは、「ティルマンスの抽象写真の誕生について」だ。
      この講義で非常にセンチメンタルな話を聞くことができたので、それをなるべく簡潔にまとめてみたい。

      清水氏の話によると、ティルマンスの抽象写真は、1997年から始まる。というのは、その年に彼は愛する恋人をエイズによって失うのだ。ティルマンスはゲイなので、もちろん相手は男性で、ヨッヘン・クライン(Jochen Klein)というアーティストだった。ティルマンスとヨッヘンは95年にNYで知り合い、ロンドンで同棲を始める。そのときの愛の生活は、「For When I'm Weak I'm Strong」という個展のカタログに写真で収められている。その中で、ヨッヘンが滝で水浴びをしている写真のタイトルに「Haselmaus」と付けられている。これは、ネズミ(maus)を意味する単語で、ティルマンスはヨッヘンをネズミの愛称で呼んでいたのだ。 だからこの「For When I'm Weak I'm Strong」の表紙はネズミの写真になっている。

      ヨッヘンとの愛の生活はヨッヘンがエイズで亡くなる1997年まで続く。ヨッヘンの死後、刊行された『Burg』という写真集にはヨッヘンが亡くなる前後の写真が数多く収められている。その中に、「Fur immer Burgen」という写真がある。それは、ティルマンスの手と、脈拍を測る機械のようなものがついたヨッヘンの手が繋がっている写真で、フレームの中には二人の手が収められている。これはどうやらヨッヘンが息を引き取る直前に撮られた写真のようで、彼の作品の中でも最もセンチメンタルな写真の一つであろう。「Fur immer Burgen」というタイトルはドイツ語で、「永遠の砦」という意味らしい。写真集のタイトルにもなっている「Burg」はドイツ語で「砦」を意味するのだ。そして、「Burgen」は「Burg」の複数形なのだ。「Fur immer Burgen」では二人の手が繋がっているので複数形なのだが、ヨッヘンの死後刊行された「Burg」は、単数形なのだ。

      さらに、この「Burg」のセンチメンタルな部分は表紙カバーを外すと現れるイラストにあった。それはヨッヘンが書いたイラストで、前表紙には二つの繋がった砦が微笑んでいるという絵なのだ。そして裏表紙には、ベッドの上で抱き合っているネズミのイラストが書かれているのだ(先に述べたように、彼らは自分たちをネズミになぞらえていた)。


      『Burg』
      表紙カバーは上にあるように、ネズミの写真である。ネズミが入っている封筒にはヨッヘンの住所が書かれているのだ。
      また、写真集の中に、ヨッヘンの死後、ヨッヘンのいたスタジオにティルマンスが一人座っている写真がある。「o.M」というタイトルのこの作品は、「WithOut Maus」を意味しているし、なんてことの無いような、皿にのっただけの食事を上から写しただけの静物写真が、実はヨッヘンと最後に旅行に行ったときの帰りの飛行機の機内食だったりと、「Burg」はヨッヘンとの思い出を記録した非常にパーソナルな写真集だったのだ。


      『Still Life』

      ティルマンスの抽象写真が登場するのは、ヨッヘンの死後である。抽象写真の片鱗が現れる写真では、過去に発表済みのヨッヘンと旅行に行ったときの写真をプリント加工して、別の作品に生まれ変わらせるといったものだった。ヨッヘンの新しい写真をもう撮ることのできないティルマンスは過去の写真に再加工を施すことで、新しいヨッヘンを写し出そうとしたのである。そして、2000年の作品「I don't want to get over you.(君を忘れたくない)」と名づけられた写真は、現像時にネガに直接光をあてることによって加工されたものらしく、ボヤッとした色彩の中に、形をなしていない影のようなものが写しこまれている。ここでもティルマンスは死んだヨッヘンの影を写しこもうという試みをしていたのである。

      この世には実在しないものを映すために生まれた抽象写真は表現の純化であり、かつて存在したが、今は存在しないものを映そうとする試みはノスタルジーの極致でもある。

      美術作品(?)に対し深読みしたり、評論家の言葉の受け売りで語ることが決してよいことだとは思えないが、こういう講義を聴くことで、そのアーティストに対して愛着が湧くし、背景を知ることによって作品を見る眼が全然変わってくる。少なくともティルマンスの抽象写真については、何も背景を知らずしてどこに良さを見出せばよいのかというのが素直な感想だった。清水氏の話をきっかけに、ティルマンスに対する理解が深まったような気がして非常に有意義な時間を過ごせたと思う。


      ↑これは抽象ではないですね。

      ちなみに、ここで書いたことは清水氏の講義を自分なりに覚えていることを簡潔にまとめただけなので、必ずしも清水氏の話されたこととは違っているかも知れません。あの講義に参加していた人でこれを見て、「お前言ってること全然違うよ」なんて思っても文句は言わないでくださいな。
      それから、ティルマンスとヨッヘンのエピソードについてはティルマンス本人が詳細に語ったわけではなく、ティルマンスが写真集に寄せて書いた文章や、作品の日付やその他諸々の資料から推測されることらしいです。清水氏自体はインタビューなどはしてますが、ティルマンス本人と個人的に親しい仲というわけではないそうです。なので、ティルマンス自身が「抽象写真」の意味を全然違うように語ったらそちらが真実になってしまう場合もありますね(清水氏の説でほぼ間違いないと思いますが)。

      ヴォルフガング・ティルマンス展に関して Part3へ続く

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