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2017.01.13 Friday

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    『studio voice 休刊に関して』

    2009.07.04 Saturday

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      studio voice online


      創刊32年、日本のサブカル雑誌の代表格とも言えるであろう「studio voice」が8月6日発売の次号で休刊するということを、仲俣暁生の「海難記」の最新エントリーで知った。

      2009-07-02 Thursday
      ■スタジオボイス休刊に思うこと

      仲俣氏の記事を読んで、この雑誌が休刊になることは避けられないことだと納得した。
      5月に「エスクァイア日本版」も休刊になっているのに、「スタジオボイス」が生き残れるはずは無いだろうと素人目に見ても感じていたし、実際思ったより早くそういうことになった。

      最近は熱心な読者だったわけでは無いが、休刊の報を受けて何か虚脱感のようなものが身体を駆け巡るのを感じた。

      「スタジオボイス」という雑誌を初めて買ったのは、97年のエヴァンゲリオン特集の号だったと思う。劇場版の完結編公開の頃で、大学に入りたてで東京で一人暮らしを始めて、19歳になろうかという頃だった。

      エヴァンゲリオンとRadioheadのショック(笑)に完全に打ちのめされ、身体中の細胞が入れ替わろうかという時期に「スタジオボイス」なる雑誌の存在を知った。

      地元の仙台にも当然売っていたのだろうが、全く意識したことが無かった。

      エヴァンゲリオン特集につられて手に取った雑誌だったが、特集以外にも本、音楽、美術、演劇・・・といったレビューが載っており、そこに取り上げられているものの大半が今まで触れたことの無いようなものばかりだった。

      それは僕にとって東京を象徴するかのような雑誌だったのだろうと今になって思う。
      東京では大概の本も音楽も手に入ったし、映画も美術も観れた(演劇は興味無いから観てないけど)。

      ただ東京に住みかを変えたというだけで、世界が何万倍にも広がった気がしたのだ。

      多くの人に売れる雑誌というのは大抵、何も知識が無い人が読めるような記事作りをしていることが多いのだが、スタジオボイスはその真逆を言っており、いわゆる「わかってて当然でしょ。」的な記事の書き方をしているなあと当時の僕は感じていた。

      『よくわからないからこんな雑誌もういいや』とは思わずに、『ここに書いてあることが理解できるようになったら、かっこいいんじゃないか』なんていう若き日の僕は雑誌に載っている膨大と思える情報から、とりわけ興味のひかれたものにアクセスしていった。

      目に付いた特集から派生して様々なものにアクセスすることができる。僕にとってのプラットホームになっていた時期があるのだ。

      仲俣氏はこの雑誌を創刊から知っているのだろうし、記事を書いていたりもしたので、マンネリ化をかなり前から感じていたようだ。確かに、「写真集の現在」なんていう特集を何回も何回も繰り返したり、僕が知る限りでも、10年前から特に何か変わった様子も無い(だから僕も読まなくなったのだろう)。

      ただ、少なくとも二十歳前後の僕にとっては、大事な役割を果たしていた。
      何が書いてあるのかを理解できないままに我慢して読む、とか興味が無い分野のことでも記事を読むだけ読む、とかそういうことを積極的にしたがる若者がいる限り、この雑誌にはまだ役割があったのだと思う(そう考えると、この雑誌ってずっと読み続けるものではなく、ある一定のレベルに達したら卒業していくというタイプの雑誌なのかも知れない)。

      しかし、結果は残酷なもので、「スタジオボイス」は役割を失った。
      インターネットの力は確かに大きいだろう。ただ、ネットは自分の興味ある分野へのアクセスに対しては有効だが、興味の範疇外のものに対するアクセスチャンスは雑誌に比べるといまだ少ない。リンクを辿って様々な派生情報へアクセスできるが、そこに想像以上の飛躍があるには至ってないと思う。

      未知の情報へのアクセスがあまりにも容易になりすぎたとも思う。

      スタジオボイスに載っていたCDを聴いてみたいけど、普通のCD屋には売ってないし、下手したら取り寄せなきゃ行けなかったり、値段も高かったりでおいそれとはアクセスできない。中古CD屋でいつか出会うかも知れないからメモを財布に忍ばせ、中古CD屋に行ったときに必ずチェックして、数年後にようやく手に入れたはいいけどちっとも良くなかった。

      こんな経験が今はできなくなった。大概のものはネット上で見聞きすることができるので、芽生えた興味や好奇心といったものが、自分の中で醸成されていく期間が無くなったのだ。

      今だって毎月スタジオボイスを本屋で見つける度に、一応手にとってパラパラとめくってはいた。ただ、それをレジに持っていくことが無くなったのだ。いつも同じような書き手が同じようなものを取り上げて、同じような記事を書いていた。時間のありあまっている大学生だからこそ読めていたのだと思う。

      そうか、ネット云々の話では無く、大学生が雑誌を読まなくなったのだ。こんな文字の多いサブカル誌は暇な大学生が読まなきゃ成り立たない。10年前の僕のような大学生が少なくなったのかもしれない。

      そう考えると、次は「Quick Japan」あたりがヤバイのでは無いかと思う。

      家の本棚に残っているバックナンバーをパラパラと眺めていたら凄く面白かった。70年代アメリカニューシネマの号なんて、今でも有効なカタログになる。良い雑誌だった。文字の小ささ、読み辛さ、ザラザラした紙質も含めてこの雑誌は好きだった。

      版元はせめて残っているバックナンバーを廃棄するようなことはせず、古本屋でも何でも良いので少しでも多く市場に出回っている状態を保って欲しい。

      もう月初に「今月のスタジオボイスの特集は何だろう?」なんてことを気にしなくてよくなるのだ。

      ペパーダイン > ゴックン > バンソーコー

      2009.02.21 Saturday

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        JUGEMテーマ:ニュース



        中川さんいいですね。故赤塚不二夫先生を髣髴とさせる印象でしたね。
        赤塚先生もアルコール依存症だったようでしたので、あんだけ似てしまうというのは、どう考えても中川先生もアルコール依存症だったのだと思います。




        ネゴシックスにも似てますね。



        お父さんの中川一郎さんの亡くなり方を考えるとこれ以上責め立てるのはちょっと危険そうです。

        ネット上では、酒の席で同伴していた、美人記者に対するバッシングというかそんな感じのことが始まっているようです。
        読売新聞、日本テレビ、ブルームバーグからの精鋭らしいです。(ネット見れば本名も顔もすぐにわかっちゃいますが、一応の良識としてふせます。)

        一部ではハニートラップうんぬんとも言われてます。
        彼女らもきっと好き好んでそんな席に同席したわけでも無いと思うのですけど、こればっかりはわかりません。
        でも、慣例としてジャーナリスト陣の綺麗どころをとりあえず一番偉い人にあてがって、機嫌を損ねないようにするというのは、いかにも官僚のやりそうなことです。

        高い倍率を跳ねのけて、読売、日テレ、ブルームバーグと一流マスコミへの就職を決め、G7会議の取材という華やかな場に出れるくらいまでがんばって来たのに、結局キャバ嬢まがいのようなことをさせられ、更に叩かれまくるというのは何とも可哀想です。彼女達の上司は一体何をしていたのか。

        また、他のマスコミ各社の中に女性記者はいなかったのでしょうか。居たとしたら何故彼女達は、同席(同伴)できなかったのか・・・・。色んな女性が傷ついていますよ、きっと。

        多分、食指の早い業界関係者が彼女達の歌手デビューの画策に奔走している頃でしょう。
        それから、中川ごっくん大臣という呼称が結構色んなところで普通に使われるようになってしまったので、きっと彼女達も「ごっくん三姉妹」的な言われ方をするんだろうなと思います。可哀想に。

        今回の騒動は外国メディアが取り上げたことから問題になったわけですが、よくよく考えるとそれってどうなんだろう?
        「世界に対して恥ずかしい」とか、「向こうだったら、こういうのは絶対ダメ」とか、そういう観点で自国民を批判するのっていい加減イヤになってきたのです。

        別に外人どもに笑われたってエエジャナイカ。
        お前らそうやって俺達を小ばかにするんなら、俺達はその倍、お前らを見下してやるぞと言ってやれば良いのです。
        実際、日本人じゃかなわないような、ド変態や、ドキチガイは大概、欧米諸国の人間じゃないか。例えば、アメリカにはどういう生活したらそうなるんだっていうようなレベルのデブがゴロゴロいるじゃないか。日本はそこまでのデブは少ないし、いたとしても「相撲」ていう国技で有効活用する術を心得ているよ。

        そもそもG7の今回の会議だって、重要だっていうけど、欧米の守銭奴どもが勝手に引き起こしたことで日本はそのとばっちりを受けているだけじゃないか。酒でも飲まなきゃやってらんねえよ、と中川さんも開き直って欲しいところだ。

        <MSNBCはまた、記者会見の映像を流した後、女性キャスターが、「これが日本の財務相だ」と笑いながらちゃかしたうえで、「そんな国が、きょうクリントン国務長官が訪れている日本だ」とコメントした。>

         <17日付の英紙インディペンデント(電子版)は、中川財務相の記者会見を「1970年代以来最悪の危機に直面している世界第二の経済大国のかじを取る責任者が、酒酔い運転だろうか」と伝えた。英BBC放送は同日、東京株式式場の下落を伝える際に、記者会見の映像をだぶらせ、キャスター自身がろれつが回らないようなしぐさをした後、笑い転げた。>


        こんな記事を読んだら、ついジョージだとか、メアリーだとかいう欧米人らが、あのいかにも嫌味くさい笑い方で(手を叩いたりオーバーリアクションな感じの)、我が国の大臣の無様な様子を笑っているかと思うと、ふつふつと侍魂というか、攘夷の心が芽生えてしまいまして(笑)。ナショナリストでは全然無いのだけどなあ。

        今、あの場にいた報道機関が何故、あの醜態に対して突っ込みを入れなかったか、報道しなかったのかということに批判が集まってきているが、あの記者会見って日本メディア向けだったのなら、むしろ外人にバレナイように一丸となって情報統制を行った方が良かったのでは無いかと書いているうちに思えてきてしまいました。

        自分の身内の醜態を外部の人間にバカにされるとムカツクっていうあの感覚ですよ。

        それにしても、また日本政治史の伝説に残る珍事が出てきてしまい、非常に楽しい気分です。
        アルコール依存症、うつ症状とちょっと深刻な問題も絡んでいるので、そう無邪気に笑っていてもいけないと思いますが。



        僕の中では、今回の事件も民主党、古賀潤一郎さんの学歴詐称問題(ペパーダイン大学に確認しにいって、一度消息不明になったやつね)を超えるものではありませんが、あの"バンソーコー"(赤城さんだっけ?)を超えるものではありました。

        彼のHPを久々に観たら大幅にリニューアルされていて、代議士だったおじいさんの偉大な経歴や、母君によるブログは無くなっておりました。あんま二世三世議員だってことを全面にアピールすることをやめたようです。

        あのバンソーコーって結局何があって貼ってたんだろうなあ。

        From "DONZOKO" to Shinanomachi

        2009.02.14 Saturday

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          JUGEMテーマ:芸能


          いしだ壱成blog

          騒動後、初めての更新で、『どん底より愛を込めて』と題した記事を発表した、いしだ壱成。その記事を読んだ人の大半が、ある点に関して疑問に感じたことであると思う。その文章が、「勝利」というものに異常に執着を見せているような論調の文章であったことだ。

          彼の今回の騒動を整理すると、河合千春という恋人がいながら、昨年の11月より、A子さんと交際を始め、こともあろうに、A子さんは妊娠、中絶をし、三度の自殺未遂まで起こしてしまったのだ。それがマスコミの知るところとなり、ふた股騒動として、河合千春からは愛想を付かされ、所属事務所からは解雇されるという踏んだり蹴ったりな状況なわけである。

          この騒動の中で一番同情すべきは当然A子さんなわけであるけど、このA子さんといしだ氏は実際どういう関係性だったのかはわからない(例えば、対等に話ができる関係だったのかどうかとか)し、20代後半の大人の女性なわけで、ある程度は自分の意思に基づいて行動しているのだと思いたい。いしだ氏がA子さんからの連絡を避けていたなどという情けないエピソードも漏れ伝わるが、まあそれは男女間のいさかいということで、他人がとやかく言う問題ではないと思うのだ。よって、当事者間では大問題であってしかるべきなのだが、一般性のあるニュースかというとそんなわけでも無いし、倫理的にいしだ氏は最低の男だと感じるが、前回のように法を犯したわけではないので解雇ってのもどうかなあと個人的には思っている。

          ただ、それに関しては今週の文春か新潮に、ふた股くらいで解雇はおかしい、また「クスリ」的なもので摘発されるのでは無いか、それを未然に察知した事務所が先に解雇しているのではないかなどという、当然ちゃ当然のような予想記事が載っている。


          でも、そんなことを言いたいわけでは無い。僕が第1段落で感じた疑問、いしだ氏の「勝利」に対するあくなき執念である。
          以下は、『どん底より愛を込めて』より、勝ち負けに関わる箇所だけの抜粋である。これだけだと何のこっちゃわからないだろうから、リンク先の記事を熟読してもらいたい。

          『どん底より愛を込めて』

          俺は絶対に負けない。
          絶対に負けない。
          でも自分に神様が与えて下さった試練、これに勝つ!!
          勝って、そしてまたふたまわり位デカくなって皆さんの前に舞い戻る。舞い戻って、みんなで生きたい。
          俺は絶対に勝つ!!
          何があっても勝つ!!
          でも、絶対負けねぇ!!
          絶対に負けない。
          絶対に負けない。
          絶対に負けない。
          今はこの試練を一人で乗り越えて行く。
          でも絶対に負けない。
          勝つ!!!!
          いしだ壱成はただじゃ死なない!ただじゃ起きない!!



          改めて比較すると、リンク先の本文と、上の抜粋した文と大して違いが無いことに驚く。
          要はいしだ氏は、「勝つこと」のみを目指していることが読取れる。


          さて、ここでガラッと話を飛ばすが、2月13日の聖教新聞の「名字の言」という朝日で言えば天声人語のようなコラムに以下のような記事が乗っていた。(聖教新聞は面白いので読んだ方が良いと思う。)


          名字の言

           パイロット歴40年以上。飛行時間1万9000時間以上。大ベテランの機長が言った。「あの瞬間に対処するために、これまでのキャリアがあったのだと思う」▼先月、ニューヨークのハドソン川に不時着した旅客機の機長。エンジン2基が停止後、不時着までの3分間、思い切った決断力と冷静な対応で、乗客全員を守った。全米が「ハドソン川の奇跡」と喝采した▼「問題を解決しなければならない、窮地を脱する方法を見つけなければならない、ということだけ分かっていた。それに夢中だった」。淡々と、機長は語っている。「自分にはできると確信していた」。たった3分。生と死の狭間。この瞬間、彼を突き動かしたのはほかでもない。「絶対に成功させる」という執念と、「絶対に成功できる」という確信だった▼いざという試練の時、「賢者はよろこび愚者は退く」(御書1091ページ)。試練にも喜び勇んで挑む「賢者」の一念こそが、我らの「信心」である▼「乗員全員が、訓練通りに任務を遂行しただけだ」と機長。日々、わが人間革命に挑み、友のために行動する創価の友もまた、何があろうと「勝利の空」へ飛翔しゆく。「日頃から学んでいる通りだ!」「自分は必ずできる」と誇りも高く。(鉄)



          あのハドソン川の奇跡にまつわるコラムなのだが、『たった3分。生と死の狭間。この瞬間、彼を突き動かしたのはほかでもない。「絶対に成功させる」という執念と、「絶対に成功できる」という確信だった』この辺りの文章に、んっ?と感じさせるものがある。この辺から、コラムを書いた(鉄)という人物の完全な妄想である。そして、文章は暴走を続ける。

          『いざという試練の時、「賢者はよろこび愚者は退く」(御書1091ページ)。試練にも喜び勇んで挑む「賢者」の一念こそが、我らの「信心」である』、『日々、わが人間革命に挑み、友のために行動する創価の友もまた、何があろうと「勝利の空」へ飛翔しゆく。「日頃から学んでいる通りだ!」「自分は必ずできる」と誇りも高く。』


          ????
          ハドソン川の奇跡とは全く関係無い。あれは勝利とか革命とか言うことでは無いだろう。「絶対にホニャララ〜」という言い回しは何とも創価臭がプンプンする。物事をすぐに断定的に言い切ろうとする人間は大抵、おかしな人間が多いなあと個人的な経験から感じる。


          ネットでちょっと検索してみる限り、いしだ氏と学会に特に何か関係はあると思えない。ただ、本人曰く「どん底」にいるいしだ氏が、ちょっとおかしくなってしまって、創価っぽい言い回しとシンクロしてしまったことに因果を感じてしまった。人間誰しも、散々な目に合えば、ちょっとおかしくなって創価ぽくもなるだろう。

          彼が、魔の手に落ちないことを願うばかり。

          また、彼のブログが更新された。『陽はまた登り、今日も生きる。』

          がんばれ〜。

          『2008年私的ベスト(その他・芸能ニュース編)に関して』

          2008.12.29 Monday

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            JUGEMテーマ:ニュース


            最後はその他・芸能ニュース編。最近だと加勢大周逮捕やら、小室哲哉逮捕やら、飯島愛の死やら色々あったけど、振り返って個人的に気になったベストを挙げていきたい。飯島愛の死に関してはガチンコで怖いのでちょっとちゃかせない空気だ。デヴィ夫人がブログでなかなかショッキングなことをぶっちゃけており、これはこれでネット上で大騒ぎだ。

            個人的な想いとしては、柳楽優弥だ。薬物中毒で搬送されたりして自殺未遂かと騒がれたりしたが、彼の原案小説「止まない雨」が気になる。原案とはどういうことであろうか。自分では書いていないということか。不思議な活動をするものだと思った。


            止まない雨

            ベスト逮捕は、ジョン・健・ヌッツォが覚せい剤で逮捕された件だ。大河ドラマ「新撰組」はしばらく再放送できないのではなかろうか。加勢大周などは世間の人も少し納得という雰囲気があったけど、まさかヌッツォがという感じだ。意外な伏兵だった。

            田代まさしがブログを始めて、じわじわと活動再開の土台が整ってきている。もし、バカ殿に戻れるようなことになればバカ殿史上最高視聴率を叩き出すことは間違い無い。がんばれ!応援してます。
            小室哲哉もくじけずがんばって欲しい。何をやらかそうともあなたの書いた(はず)の「Boy Meets Girl」の素晴らしさは色あせることは無いよ。


            2009年も(は)良い年でありますように。


            グニュウスケ

            『きわめて現代的で、転じて原始的な事件に関して』

            2008.06.12 Thursday

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              朝家を出る前に、今日の「とくダネ!」を見ていたら、秋葉原の事件の加藤容疑者の両親の謝罪会見と称するものが流れていた。

              この時点で色々とおかしいぞと感じてしまうわけなのだが、どこかの記者(「とくダネ!」で流れている以上、フジTVや産経新聞の記者なのだろうか?ちょっとわからないが。)が、『両親として、遺族の方々にどのように責任を取っていくつもりか?』といったような趣旨のことを質問していた。

              大マスコミに対する不信感というのはここ数年でかなり高まった。これは個人的な意見ではあるが、一般的にもそういう風潮はあると思う。
              僕はもううがった見方しかできなくなってきたので、ほとんど新聞、テレビの報道は見ないようにしていたのだけど、たまたま見ていたらこの調子だったので朝から苛々としてしまったのである。

              どんな点に僕がイラついているのかをくどくどと書きたい。
              まず、両親に対して「どう責任を取るのか?」と問うても、犯罪を犯したのは25才の社会人であり、親元を離れて暮らしているのだ。どうやって、両親は彼の犯罪を防ぐことができたのか?
              また、両親は遺族に対して誠意を持って詫びに行ったり、あるいは賠償金を支払ったりとこれから色々なことをしていくのだろうけど、あの会見の場で、「どう責任を取るのか?」と問われて何を答えれば良いのだろう?死んだ人達は生き返らないし、何を言ったって、批判の目にさらされるだけでは無いのだろうか?被害に合った方々の心情を考慮しても、あの両親は責任の取り方について何も答えることなど現時点ではできるはずは無いのだ。
              そんなことはここでくどくど書かなくても誰にだって想像はできる。そんなことすらわからずに無責任な質問をしていたあの低俗な記者は一体両親の口からどんな言葉を期待していたのだろうか?
              「責任を取ってこの場で切腹する」とでも言わせたかったのだろうか?

              そういう低俗なレベルの会見をこれみよがしに流していた「とくダネ!」という番組スタッフ及びフジTVの良識を改めて疑う。(多分、他のテレビ局でも同じような報道はしていたと思うけど。)
              そういう意味で、小倉智昭はクソだ、ハゲだ、秋田の恥だ、この糖尿野郎!
              葛西アナもクソだ。自称映画通のこいつの映画の趣味は最悪だ!
              佐々木恭子はどっちでもいいや。
              デーブ・スペクターもかなり最低なコメントをしていたが、こいつも外人だからどうでもいいや。早く日本から消えろクソアメ公!

              あまりにも低俗な番組なので、こちらまでつい低俗な批判をしたくなってしまう。

              しかし、あの会見で気になったのは、あの父親の服装だ。どういう経緯があったのかわからないのだが、何でああいう会見で、あんなにラフな私服姿だったのだろうか?どうもこの両親はきな臭い。犯人の持っていたコンプレックスの原因は家庭にあったのでは無いか推測できそうな気もするけど、これに関しては何も確信を持てない。

              そしてここからが本題なのだけど、報道の中心になっていることが、「確信を持てない」になっていないかということだ。僕は心理学も何も良く知らないのだけど、こういう犯罪を犯してしまう要因として、二種類あるのでは無いかと思う。一つが、犯行の直接のきっかけとなる直接的要因。そして、もう一つがそもそもこういう犯罪を実際に犯してしまうような下地とでも言うべきか、いわゆる潜在的要因というやつだ。

              報道の中心にあるのが、この潜在的要因を探ることに終始しているように見える。一見、根本を探っているように見えてここを探っていても結局迷路に迷い込み、何も根本的な解決には至らないと思うのだ。潜在的要因を探ろうとすれば、その要因を作り出した直接的要因を探らなきゃ行けないし、そうすると、また潜在的要因が枝のように分かれて、結局どこにも行き着かない。卒業文集を紐解いても何も理解することはできないのだ。

              報道がやるべきことは、徹底的に一次直接的要因を探ることだ。今回のケースだと、まるで携帯サイトの掲示板でのやり取りが引き金になっているかのように報道されている気がする。でもそれはちょっと違うのでは無いだろうか?

              もっとはっきりした直接的要因は誰がどうみたって、派遣契約で働いていた自動車工場からの解雇だろう。一度は解雇をまぬがれたが結局解雇、みたいな話が出ているが、まさに引き金となったのはそれだ。

              アニメを浴びる程見ようが、女の子にもてなかろうが、携帯サイトでどんなことを書かれようが、そんなことだけであんな無差別殺人は絶対に人は起こさないと思う。彼は生きているのが嫌になったわけで、人が心からそう思い行動に移してしまうのは、自分の未来に何も明るいものを見出せないと心の底から感じてしまったからだろう。そんなことを感じるというのは、例えば最低限(これは感じ方に個人差はあると思う)の生活すら自分には出来ないと感じたときだったりするのではなかろうか。

              彼は解雇を通知される同僚の姿を見て、そして自分も遅れて解雇の対象になった。これからもずっとこういうことの繰り返しだと感じたのでは無いか。学歴の無い自分が、そういう状況から逃れる術は無いと感じたのでは無いか。

              そう考えたとき報道はどこへ向かうべきなのか。
              それはこうした雇用状況は何故生み出され、いつから始まったのか、そこを徹底的に追求していくべきでは無いのだろうか。

              ふと思うと、「派遣」だとか「契約」だとか、「正社員になれない」だとかそういう単語っていつから出回ったのだろうと思うのだ。不況うんぬんの話では無いだろう。あの小泉とかいうペテン総理の時代からでは無いか。安倍晋三はグッドウィルの折口と仲良さげに握手をしている写真を見たことがある。あの頃からでは無いのか。トヨタの奥田とかいう男が経団連の会長であった時代からでは無いのか。

              ひと頃、あのゴキブリみたいな総理大臣がしきりに言って全く定着せずに死んでいった「再チャレンジ」という言葉がもの凄く空虚に聞こえる。
              野党の人間は、国会で福田康夫に、再チャレンジの件はどうなったのか聞いたら良いと思う。

              もの凄く不謹慎で、最低なことを言っているのは重々承知の上で、せめてあの犯人が財務省にでも車を突入させ、タクシー代を税金からパクりまくっている官僚共を一人でも多く斬りつけていてくれたらどんなに良かっただろうとすら思う。それも許されることでは無いが、あの日秋葉原にいた全く罪の無い犠牲者に比べて、彼らは明らかに薄汚い罪人だからだ。

              あの犯人が死刑になることは間違い無い。しかし、それまでの間、まだ彼にやれることはある。自分がどういう状況の中生きてきたのか、何故あのような犯罪を犯してしまったのか、徹底的に自己分析して少しでも多く語ることだ。その発言の一つ一つが日本社会を揺るがすような価値のある言葉になり得るかも知れないのだ。

              きわめて現代的なように見えるこの事件は、何だか貧困に人々があえいでるような発展途上国で起きそうな事件だと感じた。
              やりきれない。
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              夏の日の少年はビラを配る

              2007.07.25 Wednesday

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                7月21日の土曜日のことだ。
                昼下がり、ジムで運動して一度家に戻ってきたとき、一台の自転車がアパートの前に止まっていたのだ。カゴの中にバッグがあり、その中にはみ出すくらいに大量の広告が詰まっている。

                昼間などは時々、こういうのに出くわすものなので特に気にもならないのだが、僕の部屋のポストにチラシを投函していたのは、まだ中学生くらいの少年だったのだ。大して背も高くなく、肌は日に焼けて真っ黒になっている少年はダラダラと汗をかき、小走りで自転車の方に戻ってきた。

                僕はその少年の顔を見た瞬間にすぐにピンと来て、彼がどんなチラシを配りに来たかわかってしまった。(もちろん時期的なことも考慮に入れて)

                部屋に戻ってポストに刺さっていたチラシを見てみると、予想通り「公明党」の参議院選挙がらみのチラシであった。

                多分あの少年の親が創価学会の人間なのだろう。その関係で彼が公明党のチラシを配っているのである。

                7月21日とは中学生くらいの少年にとって、どういう意味を持つ日か。それは、夏休みが始まった日なのでは無いかと思うのだ。

                彼の焦燥しきった目があまりにも印象に残った。
                彼の労働に対して、しっかりと報酬は支払われるのだろうか?中学生くらいならば新聞配達くらいしか、アルバイトは認められないのでは無いだろうか?だとすれば、ボランティアという扱いで彼は大量のチラシを各戸に配っているのだろうか。まあ、宗教団体の活動なので間違いなくそうであろう。
                公明党は、いやさ創価学会は、まだ選挙権も持たない子供に自分たちの宣伝ビラを配らせているのである。

                参議院選挙は元々7月22日であった。予定通りであったならば、少年の労働も21日と22日だけですんだのかも知れない。しかし、ゴキブリの裏側のような顔をしたA級戦犯の孫で、史上2番目の低学歴を持つ総理大臣の勝手な都合のせいで、7月29日に延期させられてしまったので、少年の夏休みはきっと1週間余計に奪われることになったのだろう。

                生まれてくる家を選ぶことはできないので、少年がキチガイ宗教団体の信者であることに何の罪も無い。

                そういえば、以前にも公明党のチラシを配る人物と遭遇したことがあった。そのときは、子供では無く、大分年老いた老人であった。

                子供と老人を動員して自分たちの宣伝ビラを配らせる政党のビラには、白々しく、「福祉改革」といったような言葉が羅列されていた。

                あの色黒の少年の疲れきった目が忘れられない。どうか7月30日以降の彼の夏休みが思い出深い楽しい夏休みになってくれればと心から願う。

                小泉純一郎圧勝に関して

                2005.09.12 Monday

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                  スーツは似合わない

                  「圧勝」とはずいぶん景気のいい言葉で、昨日は久々にその単語をたくさん耳にした。「圧勝」で思い出すことと言えば、『稲中卓球部』で、「圧勝」の気分を味わいたい前野や井沢達が、小学生にも負けて、幼稚園児相手にようやく「圧勝」するエピソードを思い出す(確か井沢は勝てなかった)。

                  願わくば僕も「圧勝」気分を味わいたかったのだが、比例は民主党、小選挙区は菅直人に票を投じたので、どちらかと言えば「惨敗」気分ではある。もちろん、特に何の思い入れがあるわけでもないのではあるけど。

                  菅直人危なかった。彼はとりあえず圧勝だと思ってたのだ。しかし、対抗馬の自民党の土屋正忠は、よくよく考えたら武蔵野市長だった人物だ。というか、選挙が終わってから思い出した。市役所で何か書類貰ってくれば、必ず土屋正忠の署名があった。どこかで名前は聞いたことあるな〜とは思ってたのだけど。
                  ということは、今の武蔵野市長って誰だ?いつ変わってたんだろう?

                  武蔵野市は税金が少々高いが、行政のサービスは良いし、治安も良いし、本当に住みやすい。そういう所の市長をやっていたというのは強いに決まってる。菅直人危なかったなあ。でも、土屋氏も結局比例区で当選したので、東京18区で落選したのは、共産党候補一人だけであり、僕の一票は特に意味の無い一票だったとも言える。

                  「圧勝」に話を戻すと、自民党に票を投じる人が多かったということから、一夜明けた今日はさぞ「圧勝」気分を満喫している人が多いはずなのだ。新宿の街を歩いていても、多分ここを歩いている大半の人々は小泉純一郎が大好きな自民党支持者なわけだ。右を見ても、小泉。左を見ても小泉。ドトールに入っても小泉。中央線に乗っても小泉。便器のふたを開ければ山崎拓。と言ったように完全に自民党に包囲されている状態なわけだ。

                  いたるところで、価値観の多様化、みたいなことが言われ続けていた昨今で、こんなに皆が同じ方向に向かったことは珍しいことのように思ったし、正直ちょっと怖い。「巨人、大鵬、卵焼き」という言葉があったが、まさにそれで、フタを空けて見れば、皆ジャイアンツファンで、好きな芸能人はキムタクと浜崎あゆみ、好感度No1のタレントは久本雅美。音楽はB'z。みたいな感じで、落ち目だなんだとやんややんや言い続けながらも、内心は応援していたということだ。

                  僕は別に熱烈な民主党支持者というわけでも何でも無い。多分民主党が政権を取ってもさほど変わりは無いだろうけど、一度政権を取ってもらうのも面白いだろうし、自民党は嫌だ、くらいの消極的な気持ちである。でもこれこそが民主党の敗因であって、僕と同じように民主党に票を投じた人間は皆一様にそのくらいの消極的な気持ちでしかなかったのだろうなあと予想する。結局、その程度までしか有権者をひきつけられなかった時点で民主党は勝てなかったのだ。

                  投票率は67.51%と過去最高とのことだが、世代別の投票率はどのようになっていたのか非常に気になる(そういうのは毎回出ているのだろうか?)。今回若年層の関心が高いとのことではあった。そして、東京などでは特に若い世代が自民党支持に回ったとの報道もある。だが、本当にそうだったのだろうか?

                  本当は高齢者層の投票率の伸び率がかなり高かったのではなかろうか。民主党で一体何が変わるのかわからない。その一方で、小泉政権であればどうなるかはわからないけど、早い段階で何かが変わる気がする。そういった構図の中で、言い方は悪いが老い先短い老人達の断末魔の叫びが今回の「圧勝」を呼んだのかも知れないと思う。小泉政権が続くことで、彼が任期を終えたあとも10年くらいはどうにかなるかも知れない。しかし、その先はどうなるかわからない。それどころか、外交問題等に取り返しのつかないような禍根を残す可能性は民主党政権よりも高いとも感じられる。

                  小泉首相の上手かったところは、老い先短い高齢者と、僕のようなまだ社会経験の浅い若年層に、食べた事は無いので、味は想像も着かないけど、とにかく見栄えの良いおいしそうな料理を目の前に提供したことだ。もしかしたら、それは化学調味料をふんだんに使い、着色料で色を付けたものかも知れない。良く考えたら自民党は既に創価学会という一度食べたら病み付きになる化学調味料を使用してしまった。
                  民主党は、表面的には化学調味料を使うべきかどうかすら党内でまとめることができない一方で、労組という化学調味料に頼らざるを得ないという矛盾が最後まで解決できなかった。

                  小泉首相になってから、とにかく「わかりやすさ」が政治に求められるようになった。しかし、そんなに「わかりやすさ」だけを求めてよいのだろうか。もはや政治はそんなにわかりやすくまとめられる代物では無いはずだからだ。今回の選挙で、「わかりやすさ」だけを強調して、一番わかりづらい外交に関して、自民党は完全に口を閉ざしていたことは一番気になる点だ。

                  ゴダールの映画に「わかりやすさ」は無いかも知れない。何を意味するのかわからないような膨大な引用があったり、画面を観ていても誰が話しているのかもわからなかったり、眠くなったり、そもそもつまらなかったり・・・。でも、彼の映画はそれでも、観る者に「わかりたい」という気持ちを喚起させるような強烈な魅力がある。だからこそ、彼に関する文献を読みあさったり、発言に注目したりと、一人一人が彼の生み出す作品を自分なりに単純化しようと試みる。

                  政治と芸術を同じように論ずることが正しいかどうかは別として、政治家やマスコミが、問題を勝手に単純化してしまう事に疑問を感じる。日本の抱える様々な問題を混沌としたまま提示し、有権者がそれぞれの観点で単純化を試みた上で一票を投じるというのが理想の選挙だと思うのだ。

                  小泉圧勝に関して少し気持ち悪いものを感じたのは事実だけど、今回の小選挙区という制度はこういう極端な結果になりやすいということをさっき理解した。票数だけで言えば決して自民党が圧勝だったわけでは無く、票数自体は民主党の1.3倍を奪ったに過ぎないということが報道されていた。そう考えると、あっさり民主党に政権が移る事だって充分にあり得るのでそういう意味ではこれからの選挙は面白くなりそうだとも思った。

                  とりあえず民主党にしてみたら?という考えは甘いと痛感した。地方の経済状態は相当ひどいのだろうということが良くわかった。僕自身は正直、不景気で生活が苦しいということも無いし、僕の家族だったり身近な友人達にも、政治のせいで生活が苦しくて首をくくらなければならないなどという人も特に見受けられない。とりあえず民主党に入れてみようかと思うような人には、切迫感がそこまで無い人は多いのだろう。だから、投票もその日の気分次第になる(僕だって行こうと思った時に雨でも降られたら行ってなかったかも知れない)。

                  だから、僕が長々と偉そうに国政を論じた所で全く説得力は無いし、その説得力の無さは、民主党の説得力の無さにリンクしている。

                  新党大地が40万票以上も獲得して、鈴木宗男は国政に復帰した。最初北海道人の倫理観はどうなっているのかと思ったのだけど、報道で鈴木宗男の演説する姿などを観ると確かに納得がいった。宗男はやはり凄い。演説の明解さ。マスコミ対応の上手さ。娘との親子愛の見せ方。北海道民への愛情表現の仕方。政治家としての手腕は超一級だった。全野党を通じて最も政治家としての凄みを見せたのは宗男だったのかも知れない。
                  というか、自分が北海道で自営業でも営んで生活が苦しくなっていたとしたら、新党大地に票を投じてしまったかも知れないなあ。
                  同じ意味で亀井静香もやはり凄い。
                  宗男はもしかしたら、ハゲ頭すら自然のハゲでは無くて、あえてハゲにする事で親しみを得るためにしているだけなのかもしれない。彼がイケメンだったら、逮捕された時点で反感を買って、二度と表舞台に出ることは無かったかも知れない。ああいうアホの坂田みたいな顔だからこそ宗男はムネオであり続ける。でも、あのハゲが自ら進んでしたものだったら、望まずハゲてしまった松山千春は裏切られたって激怒するんだろうな〜。

                  最後に今回の選挙で、一番気になった人物は、自民党幹事長の武部勤だった。
                  彼は幹事長に抜擢された当初、「無能」「愚鈍」といった言葉がぴったりのようなイメージだった。ところが、首相が強権を発動してから、いや、その前のクールビズあたりからどうも様子が変わったように見える。多分、彼のスーツにネクタイ姿というのは本当にショボかったのだ。
                  選挙が決まってから、まるで水を得た魚のように、態度を強めた。トップが強大な権力を手にしたとき、一番怖いのはこういう腰巾着的な立場にいる人物だ。強いのはトップであるのに、その下にいる自分も強いのだと増長してしまいやすい。ジャイアンに対するスネオのようなものか。幾多の物語でも、コバンザメのようなナンバー2が余計なことをしすぎて状況を混乱させるというのは良くある話だ。


                  ストリート系

                  もひとつ最後に、酔っぱらって路上で女性の胸を触って、逮捕された元民主党の中西一善(モットーは「一日一善」)はひっそりと落選していた。よく立候補したなあこの人。飲み屋でお姉ちゃんに絡んだとかならまだわかるけど、路上はさすがにいけません。ストリート系ですな。ストリート系ではさすがに当選は無理だと思う。

                  2005.9.11 衆議院選挙に関して

                  2005.09.08 Thursday

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                    衆議院解散が決まったときに何か書こうと思ってたのだけど、毎日あれよあれよと、政局が変化し、遂にはホリエモンまで立候補なんていう冗談みたいな事態になってたので、キーを打つスピードが追いつかなかったのだ(実家に帰ってたからあんまりPCは触らなかっただけだけど)。

                    実家でテレビばっかり観ていたので、すっかり頭の中は総選挙一色。
                    気になって仕方ないことは山ほどあるのだけど、まずどうしても気になったのが、現在は国民新党の党首である、綿貫民輔の、郵政民営化に反対した理由を問われたときの言葉だ。
                    彼は、小泉首相と一緒に郵政民営化に関する法案をまとめていた一人であるのだが、最終的に提出された法案は、自分の意見を無視したものだったから反対なのである。郵政事業を民営化するという案そのものに反対なわけではない。自分の意見が無視されたから反対したのだと、彼はテレビカメラの前で堂々と言ってのけた。
                    僕は正直かなり驚くと共にあきれかえってしまった。公的な立場にいる彼が、政治的空白を作り、果ては莫大な税金が投入される解散総選挙を引き起こした張本人が、その理由を私怨だとはっきり言ってのけたのである。

                    この時点で何かの罪に彼は問われるべきなのではないかと思うのだが。
                    たまたまこの記事を読んでいる人、もし読んでたら9月11日までの数日間、しっかりと綿貫民輔の姿を目に焼き付けておいて欲しい。あれが、まぎれもない「老害」というやつだ。11日以降、彼は姿を消す。もはやこのような老人を議員と認めるわけにはいかないのだ。

                    と、言いたいところなんですが、国民新党の中では綿貫民輔は当選は固いらしいです。むしろ国民新党で当選できるのは綿貫氏ぐらいだとも言われてますね。広島6区などは、なんだかんだ言って亀井静香かと思いきや、ホリエモンまだわかりませんね。どうやら、彼を支持する勢力がかつて宮沢喜一を後援していた勢力だとのことです。よって、広島6区は実質亀井VS宮沢陣営という形ができつつあるようです。

                    ホリエモン別に当選する気なんぞ無いのだと思ってたけど、当選しちゃったら本人が一番びっくりするのだろうな。
                    地元のこともわからない外部の人間が立候補することに疑問を投げかける人もいますが、僕はむしろ良いことなのではないかと思います。国会議員の役割も時代と共に変遷していくはずで、地元に利を呼び込むことだけをウリにして選挙を戦うというのはどうにも古臭く感じてしまいます。結局それが何十年も続く自民党支配の原因であったわけだし、現在の日本が抱えている多くの問題の原因でもあるわけだろうから。

                    「とある地域に多くの人が訪れるようになったため、今までの小さな道路だけでは不便だから大きな道路を作っちゃおう。」ではなく、「この地域は訪れる人も少なく、これといった産業も無く非常に貧しい。だったら、まずこの地域に通じる大きな道路を作っちゃえば、あるいは新幹線の駅を造っちゃえば、たくさんの人が来てくれるだろう。」という馬鹿げた考え方がまかり通っていた時代を完全に終わらせなければならないと思います。「地元の代表を、あるいは企業の代表を国会に送り込む」という発想そのものが少しずれてきているように思えます。

                    それでも、まず何よりも自分の地方に利益を呼び込む人が当選して欲しいと思う有権者はまだまだ多いと思います。小泉首相のせいで、変質していく自民党の代わりに、そうした欲望を一手に引き受ける可能性があるのが、ムネオ&千春の「新党大地」かも知れません。この党はムネオが党首である以上難しいとは思いますが、ムネオ無き後、彼の意思を継ぐものが現れ、北海道の利益のためだけに活動する政党となれば、大きな勢力となる可能性もあったり無かったりするのではないでしょうか。

                    新党大地及びムネオのHPがすごいので見ておいたほうがよいです。
                    http://www.muneo.gr.jp/
                    これ↓がすごい。イントロムービーをスキップしない方が良いです。
                    http://www.muneo.gr.jp/flash.html

                    投票率が過去最高となるのではないかと言われていますが、意外に若年層で自民党支持が多いことが気にかかります。でも確かにテレビなどで観ている限り、小泉支持に誘導されてしまうのは仕方が無いと思います。というか、僕も危なく比例は自民にしとこ〜かな〜なんて思ってしまいました。
                    ただ冷静になってよくよく考えてみると、やはり今回で一度政権交代をさせるべきだと思います。民主党に何か期待するというよりも、成果を挙げられなかった政権、日本を間違った方向に導く可能性のある政権に対しては、政権交代というチェック機能がしっかり機能するということを一度実感してみたいのです。

                    小泉さんは郵政郵政と言ってますが、彼は完全に外交の話をするのを避けている。9月4日のサンデープロジェクトで、全党の党首討論があったが、番組後半、靖国問題に関する論議の時、小泉首相は何かの都合で一人だけ退席していました(というより、靖国問題を話題にしないことを条件に出演したのではないだろうか)。

                    選挙戦において外交は無視されがちなものですが、今だからこそ最重要視されるべきなのだと思います。郵政だとか年金だとか消費税だとか、そういう問題は各党それぞれに色々言っていますが、どの党が政権を取ったとしてもそんなにやることは変わらないのではないかと思うのです。例えば国民年金ひとつとっても社会保険庁のあの惨状が明るみになっている以上、何らかの対策を施さなければ世論が許すはずがありません。どんな人間が首相になろうとも、国民年金を今のままほっとくはずはないし、消費税率は必ず上げられます。

                    ただ、道路公団のあまりにもお粗末な顛末だったり、国の借金がますます増えていたりと実績と照らし合わせると小泉政権は少々長く続きすぎている気がします。靖国神社に関しても、一国の首相たる人物が公式に参拝するというはやはり間違った行為だったと思います。靖国参拝をやめたからといってそれが中国や韓国に屈したということにはならないし、もっと言えば、別に屈したっていいじゃないですか。中国、韓国が嫌いだからという理由でナショナリズムに走るのはあまりにも浅はかで、自分の頭の悪さを露呈しているようなものだと思います。


                    どこに投票してよいかわからないし、決め手が無いし、どうでもいいという人は、とりあえず比例で「民主党」と書くことを勧めときたいです。小選挙区の方は「うんこちんち〜ん」でも何でも良いのじゃないでしょうか。どうせなんでもいいのであれば、政権交代をさせるのが、展開として最も面白い展開だと思います。ただし、民主党だけで過半数取れればよいのですが、そうでない場合、国民新党やら田中新党やら、反小泉自民党と連立する可能性もあるというのが少々不満なところです。下手したら綿貫首相、亀井首相、なんてのもありえる。
                    民主党だけで241議席取れないにしても、国民新党や、田中新党は全員落選、というのが最も望ましい展開です。

                    自民党政治が継続してしまうと、小泉後が、安倍晋三しかいないというのが最も問題です。あんな国粋主義者、首相にしたらだめですよ。安倍晋三を総理大臣にしないために、今回の選挙は民主党が勝った方が良いのです。

                    ものすごく勝手なイメージだけですが、若い年齢で自民党支持とか言ってる人って、自分は政治のこと結構知ってますよ的なニュアンスを醸し出すように思えます。なんか、「逆にぃ〜」とか言ってそう(根拠無)。自分はインテリで、目の付け所がシャープでしょ、ということをアピールしたいのでしょう。インテリゲンチャです。

                    別に何か特別な理由でも無いのなら、素直に次は民主党政権を見てみたいな〜と思うのが自然なことのようにも思えます。

                    僕は今回民主党支持ですが、若干ためらいもあります。それは僕の勤める会社の労働組合が民主党支持で、民主党に入れましょうと働きかけてくるからです。何にも言われなければ民主党に入れるつもりだったのに、会社から言われると入れたくなくなります。だから政権には全く関係ない、共産党とか社民党って書こうかとも思いましたが、今回に関してはそういう意味の無い票を入れるなら投票しないことと同じだなと思い、民主党に入れてみようかとは思います。
                    この労組との関係が民主党の最大のネックですね。かといって、労組の支持無しに政権を奪取できるわけも無いだろうし。

                    ムネオも辻本清美も復活しています(ムネオはさすがに落選だと思いたいけど・・・)。でもまだ役者は揃っていないという気がします。
                    米国はペパーダイン大学中退という肩書きを持つ彼の復活を僕は待ってましたが、結局間に合わなかったようですね。
                    最新の情報はネットでは得られません。↓のサイトで彼の情報は全てまとまってました。
                    http://www.geocities.jp/dinepepper/

                    テニスの実力はペパーダイン大では下から数えて2〜3番目だったようです。
                    http://www.geocities.jp/dinepepper/koga-meishi.jpg

                    でも、彼じゃなくても冗談抜きで山崎拓みたいなド変態を当選させるのは間違っていると思う。

                    そういえば社民党はオムライスとのことです。何を言ってるのでしょう?気でもふれたのでしょうか。

                    (・e・)

                    『2005.7.7』に関して

                    2005.07.08 Friday

                    0

                      London Calling



                      またしても、というか、ついにというか、もう何と言っていいのやら。
                      ものすご〜く不謹慎なのは承知だが、「同時多発テロ」という言葉の響きがかっこいいと感じてしまう自分がいるのがどうかと思う。上のCLASHはちょっと安易な発想だとも思う。

                      これを書いている時点では、犯行組織はアルカイダだと特定されているとか、IRAの方だとか、様々な報道がなされているが、本当のことが遠く日本の一般人である僕まで届けられるのはまだまだ時間がかかるだろう。

                      勝手な所感ではあるが、9.11のNY同時多発テロよりも、むしろ地下鉄サリン事件だとかに近いものを感じてしまう(もちろん地下鉄繋がりではあるが、それだけではない)。

                      9.11は、飛行機をハイジャックして、飛行機ごと、ワールドトレードセンターやら、ペンタゴンやら、アメリカ中の重要施設に突っ込むという、「素人目に見ると、非効率でリスクもでかいんじゃないの〜?」なんて事を感じていた。しかし、飛行機がアメリカを象徴するであろう建物のひとつに突っ込む映像というものはどんな映像よりもインパクトが強く、物理的に大勢の人間を殺すことを目的とするよりは、精神攻撃を目的としているようにも思えたのだ。そして、その映像はアルカイダというテロ組織にとって、何より効果的な宣伝材料だったのだ。

                      一方、今回の7.7(いずれこの呼ばれ方で定着するでしょう。だって、7月7日!七夕!今日以後、ラッキー7という言葉は死語となるでしょう)では、標的が地下鉄であっただけに、BBCのニュース映像をさっきからつけっぱなしだが、9.11の時と比べると印象的な映像が全く出てこないのだ。

                      再び9.11の追憶。飛行機がツインタワーに突っ込むところは確かに凄かったけど、その付近にいた人達が煙に追いかけられながら、カメラの方に向かって逃げまどう姿が強烈だった。そして、「オーマイガッ!」と叫ぶ女性が何度も放映された。ほんとに「オーマイガッ!」てのは言うんだなあ、などとのんきな事も思った。

                      地下鉄ないし、その他の交通機関を標的にするということは、宣伝では無く、殺戮を第1の目的としているはずだ。ビジュアルよりも、実を選択している。
                      オウム真理教の教義で、ポアと名付けられた殺人行為は、殺害対象の魂の救済だという名目が与えられ、その教義を信じ切る実行犯達は、自らの魂のステージを上げるために、より多くの人間をポアし、救済することを目的とした。だからこそ、通勤時の地下鉄は格好の標的の一つであったはずだ。

                      ロンドンのテロが、そんなカルト集団の仕業とは思えないが、どうしても、アルカイダによるNY同時多発テロや、スペインの列車爆破事故よりも、1カルト集団による地下鉄サリン事件に近いものを感じてしまうのだ。

                      ヨーロッパのアルカイダを名乗るグループが犯行声明を出しているようだが、この組織が本当に犯行に関与しているかどうかは疑問だ。仮にそうだとしたら、アルカイダ自体に何らかの変化があったとも考えられる。もはや、宣伝の段階ではなく、殺戮の段階なのだということ。

                      問題はこれからイギリスがどのような報復行動に出るかということ。そして、アメリカはどのぐらいの割合で絡んでくるのかということだろうか。
                      ブレアにとってはもしかしたら、イラク戦争に加担したことを正当化する格好の機会になり得る可能性もある。

                      アメリカが、アフガンを攻めたように、今度もまた新たな戦争が歴史に書き記される可能性は高い。その場合、どこだろうか?
                      ビンラディンが潜んでいるというパキスタンあたりが、最有力だろうか?そうなると、当然、インドもパキスタン攻撃に加わるだろう。またまた印パ戦争が再開か。そして、下手すればヒロシマ、ナガサキ以来初の核爆弾の使用も充分あり得る。この先、米英はテロ組織を殲滅することに執念を燃やすだろうから。
                      あるいは、反米を全面に押し出したイスラム原理主義者が大統領に選出されたイランであろうか?ラムズフェルドは今頃、念願のイラン攻めの為の大義名分を狂喜乱舞しながら考えているかも知れない。「ついでにシリアもやっちまおう、そして石油を全部僕のモノにしちゃいましょう。」ブッシュ大統領はそんな事を考えてほくそ笑んでいるのだろうか。

                      テレビで、コメンテーターが「当然、日本も狙われていると思います。」などと言っていた。ま、そう答える以外無いのかも知れないけど、そんなこと軽はずみに言うなよ〜。ロンドンを狙うのと東京を狙うのじゃ全然意味合いが違うだろうよ。むやみに不安をあおらないでくれよ。悪いのはテロ組織であって、イスラム教徒じゃないでしょう。

                      しかしながら、毎日中央線に乗って会社に行くのも怖い時代になってきました。もうこの際、働くのなんてやめて、吉祥寺の中だけで暮らそうかしら。吉祥寺にはバウスシアター他、映画館が3軒あるし、丸井もパルコも東急も伊勢丹も三越もLOFTもあるしなあ。味源もあるし。ロンロンもある。タワレコもHMVもあるし、新星堂もある。
                      アルカイダさん、新宿や銀座や霞ヶ関なんてのを狙いたくなる気持ちはわかるけど、吉祥寺だけは狙わないでおくれ。何なら良いところだから一回住んでみておくれよ。味源のごまラーメンはおいしいよ。

                      『読売のヒゲ』に関して

                      2005.05.16 Monday

                      0
                        気になったニュースを転載して、コメントするという、ちょっと普通のブログっぽいスタイルをやってみます。
                        こういうスタイルであれば毎日でも更新できるんですけどね。

                        で、今日の話題。

                        <尼崎脱線事故>読売新聞が「罵声記者会見」でおわび掲載

                         読売新聞は13日、JR福知山線脱線事故のJR西日本の記者会見の席で、同社大阪本社の記者に不穏当・不適切な発言があり「明らかに記者のモラルを逸脱した」として、社会部長名でおわびを掲載した。読売新聞によると、記者は会見に出席したJR幹部に対し「あんたら、もうええわ、社長を呼んで」などと声を荒げ、感情的発言をしたとしている。
                         会見は5月4日から5日未明にかけて、社員がボウリング大会や懇親会に参加していた経緯の説明がテーマだった。会見で罵声を浴びせる記者の姿が、テレビや週刊誌で取り上げられたため、苦情が寄せられたという。
                         谷高志・大阪本社社会部長名で出された談話には「使命感や熱心さのあまりとはいえ、常に心がけるべき冷静さを欠いたと言わざるを得ません。日ごろの指導が生かされなかったことに恥じ入るばかりです」としている。
                         “罵声記者会見”をめぐっては、テレビ、ラジオ、産経新聞などが取り上げていた。週刊新潮5月19日号は「『記者会見で罵声』を浴びせた『ヒゲの傲慢記者』の社名」として掲載し、読売新聞の記者と伝えていた。(デジタルメディア局)


                        ヒゲといえば、この人。タカモクです。

                        この記者会見の映像、何度も見て気になってました。何でこのヒゲはこんなに態度がでかいのか、テレビを見ていて不快な気分になったのを覚えています。どこのブンヤかと思えばやっぱり読売でした。ナベツネ新聞の記者ならそりゃ態度もでかくなります。しょうがない、しょうがない。
                        というか、偉そうにヒゲなんぞ生やしている輩にロクな人間がいるわきゃない。関西人で読売の記者なんかやってるやつはみんな・・・・です。

                        しかしながら、このニュースに限った話ではないが、何かひとつの事件をきっかけとして、曝される対象が二転三転するというケースが多すぎる気がする。
                        読売のヒゲは、電車の脱線事故にはまったくもって関係の無い人間である。しかし、テレビで放映された暴言がきっかけとなって、ヒゲのニュースは<尼崎脱線事故>のトピックのひとつとして語られるようになってしまう。元々、電車を運転していた高見運転士が槍玉に挙げられたが、それからすぐにJR西日本自体の経営体質に矛先が向いて、このまま国土交通省とかそっちの方まで行って、もはや脱線事故のことなど忘れられるのかと思いきや、読売のヒゲの登場である。

                        情報が錯綜しすぎて、最終的にわけのわからない方向に向かい、どこにも着地しない。こういう報道のあり方って今に始まったことではないのだろうか?個人的にはものすごく現代的な現象の一つなんじゃないかと思う。僕の記憶にある中で、こういった現象の始まりであり、最大級のものはオウム事件だっただろう。

                        よく言われることかも知れないが、インターネットの普及は大きい。インターネットによって、人間ならば誰でも犯してしまうような些細な過ち、あるいは、それなりの処分を受ければそれで大事にならずに済むような事柄が過剰にピックアップされ、糾弾の対象にさらされる。
                        そして、その対象はたいていの場合、大きな権力を持ち得ない個人だったりもする。イラクで人質になって自己責任を問われた3人や、古賀潤一郎や、植草教授や、あびる優や田・・・・もちろん、非難される理由がそれなりにあるのだが、過剰に騒がれるのは、ブロガーや、2チャンネラーやら、その他諸々の人たち(もちろん僕も含めて)が、ネット上で匿名でああだこうだと見ず知らずの人間の誹謗中傷を語る行動原理は、些細な不正も許さないという正義感に基づくものではない。
                        単なる生贄を探しているに過ぎないのだろう。「戦争は行けないことだ」「麻薬撲滅」とかそういう大層なことをわざわざ語ってもちっとも面白くない。それよりは、「あびる優はクソ女だ」と語る方がよっぽど一部の人たちにとっては遥かに面白いわけだ。今回は読売のヒゲが短期間ではあるが、生贄にされることだろう。

                        要はこれは日本人が小学校6年、中学校3年の義務教育の中で最も優秀に学ぶであろういじめ体質の発露に他ならない現象なのではないだろうか?
                        インターネット上での糾弾は密告にも似ていると感じる。公開密告とでも言えるだろうか。だからこそ、些細なモラルの欠如がこんなにも取りざたされるのだ。説明しがたいような大きな問題には口をつぐみ、戒律に背いたものだけを責めたてる、何だか宗教のようだ。


                        インターネットの良い面でもあり、悪い面であるのが、情報の伝達速度が速すぎる。情報がリアルタイムで入ってくるのはとてもよいのだが、そのため十分な検証がなされずに情報だけが一人歩きしてしまうという問題は消えない。

                        読売のヒゲに関して、まず無いとは思うが、ひとつの可能性も考えられる。実は人には明かしていないが、ヒゲの愛する恋人(男)があの電車に乗っていて、犠牲になった。ヒゲは絶望のどん底にいた。それでも仕事だと思い記者会見場に行ったが、JR西日本のあまりに歯切れの悪い回答に理性を失い、思わず暴言が口をついた・・・

                        あまりに陳腐なことを書いているが、本当にこういう事情が無いとも限らないのが恐ろしい。そういった背景がはっきりしないうちに僕のような者に、あの読売のヒゲは誹謗中傷されてしまうのがネットの世界だ。

                        さらにもうひとつ仮説。
                        あのヒゲが仮にヒゲを生やしていなかったなら、こんなにも騒ぎにはならなかっただろうということ。あの、読売のヒゲに対する反発というのは、日本人が潜在的に抱いているヒゲへの嫌悪感の現れだったのではないだろうか?
                        ヒゲは権威の象徴とも言えるだろう。サダム・フセイン、オサマ・ビンラディン、スターリン、アドルフ・ヒットラー、秋篠宮殿下、そして、フレディ・マーキュリー、みなヒゲこそが特徴であり、ヒゲを剃ってしまえばもはや何者かも判別することは不可能だろう。
                        しかし、日本人の感覚から言えば、ヒゲ面の男というのは基本的に信用できないものである。胡散臭さ=ヒゲだ。そうは言っても例外は、森繁やらスピルバーグやらルーカスやら、いわゆるサンタクロースヒゲになると、一転して信用できるムード(?)を醸し出すからヒゲの世界は奥深い。


                        うさんくさいヒゲ代表。

                        ヒゲをすべて剃らずに生やすということは僕が幼少のころと比べると、日本人男性にとって選択肢の一つとしてすっかり定着した感はあります。
                        普通のサラリーマンでもそこそこ手入れしていればひげを生やしているのがいても、違和感は無いです。かくいう僕も会社に入った頃は、あごの辺りにちょろちょろとヒゲを残したりしてそれがかっこよいものだと思ってました。「会社という組織に取り込まれてもなお、アイデンチチィ、汚い大人社会に対する反抗心、を失わない俺・・・」なんていう、ファッキンデストロイなパンク魂を持っていたとまでは言いませんが、それに類似した気持ちがあったのかもしれません。ああ思わず、顔が真っ赤になってしまうような恥ずかしさ。不精ヒゲ気取りでちょっとルーズでヒップでホップなワイルドさを演出して、その実、家でせっせとおひげの手入れ。なんてのが、あの読売のヒゲからも感じられるのです。

                        僕はいかにもなヒゲを生やすのはいつの間にかやめてました。とは言っても、ちょろちょろ残ってるんですが、それは真性の不精ヒゲなのです。僕は剃刀を当てすぎると、顔の毛穴が広がっていつしか、ホモオダホモオみたいなヒゲ面になってしまうのではないか、という恐怖心から毎朝のように剃刀を顔に当てることはしないのです。電気シェーバーは一度も使ったこと無いです。ひたすら、テレビを見てるときなどに、毛抜きで一本一本ヒゲを抜くという行為をしているので、ヒゲの生えるスピードに抜き方が追いつかないと不精ヒゲ面になってしまうというありさまです。


                        よくも悪くも世界中に、「ゲイ=ヒゲ」のイメージを決定付けた

                        フレディ・マーキュリーのようなヒゲを蓄えたあの読売のヒゲは女受けよりも男受けを狙っているのかも知れません。彼は「遊軍」と呼ばれる種類の記者で、大きな事件等の時に駆り出されるといった、実力のある記者だったようです。今回の騒動を機に、スポーツ新聞等に移って、ゲイ能記者に転身してみてはいかがでしょうか?