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2017.01.13 Friday

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    『ハリー・ポッターと謎のプリンス』に関して

    2006.05.24 Wednesday

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      ハリー・ポッターと謎のプリンス ハリー・ポッターシリーズ第六巻 上下巻2冊セット (6)

      『ぷっは〜〜〜〜!』といった表現が読後感を表す表現として最も適切だろうか。結局平日のど真ん中に2時半くらいまで起きていて一気に読破してしまった。物理的な重量だけにとどまらず、内容的にもますます重くなっているので、一体子供達はどういう気持ちで読んでいるのだろうか非常に興味深い。

      前作『不死鳥の騎士団』が、発売されてから1年以上空いているので、正直かなり内容を忘れていた。昨年の映画は前々作の『炎のゴブレット』であったのでそちらの内容はまだ記憶に新しいのだが、『不死鳥の騎士団』で大分物語が動いたので、その記憶を埋める作業に結構とまどってしまった。
      「原作→翌年映画化→翌年原作続き」といったサイクルになってくれればあまり内容を忘れずに済むのだが、現状だと映画がまだ原作に追いついていないので、少々記憶に隙間ができてしまうのだ。

      僕は骨の髄までハリーポッター大好きッ子なので、今回も面白かった〜としか言いようが無いのだが、一つ不満があるとすれば次巻(最終巻)にまたがって大きな謎を最後に提示してしまったことだ。
      もう気になってしょうがないじゃないか。『R.A.B』って誰のことなのさ。
      「第6巻と最終巻を2ヶ月連続発売!」とかやってくれるなら、いくらでも大きな謎やら伏線を張りまくっても良いのだが、最終巻がいつ発売されるのかわからない状況でこんな風に謎を残されると・・。この状態で1年やら2年も待たされるというのは、物語にどっぷりとのめり込んでいるファンにとっては非常に辛くもあり、楽しみでもあるのだ。

      読んでいて思ったのだが、ハリーポッターシリーズは僕が小さい頃慣れ親しんだ、ミヒャエル・エンデだとか、あるいはピノキオでもガリバーでも銀河鉄道999でもかまわないが、そういった幾多のファンタジーと比べるとベクトルが全然違う方向に向いていた。大概ファンタジーと呼ばれるものは、ナントカの街に行って、ナントカの国に行って、ナントカの島に行って、ナントカの山に行って、ナントカの星に行って・・・最後は魔王の城に行って悪を滅ぼして・・・、といったようにこちらから様々な所に出向いて事件を解決していくというスタイルなのに比べて、ハリーポッターシリーズは舞台がほとんど学校であり、敵である邪悪な者達がどうにか学校に忍び込み、目的を達成しようとする。正義である主人公側は常に受け身のスタンスで敵を退けるというスタイルになっている。毎回、夏休み期間である8月から物語は始まり、9月の新学期から翌年の学期末までの学校生活が主軸となっており、そもそも冒険ファンタジー小説のカテゴリーに入らないのだ。毎度同じ家から始まり、様々な問題を解決し、少し成長してまた家に戻るというスタイルは、大長編ドラえもんのスタイルにも通じるかも知れないが、ドラえもんは毎回、日常とはかけ離れた世界に冒険に行くのに対してハリーポッターの舞台は常に学校であり日常である。ミステリー小説のようなスタイルでもあるから、もしかしたら「ろう城ミステリー」なんていう形容をしてもいいのかも知れない。

      ある場所から別の場所へ移動していくことで物語が進むのではなく、ある特定の場所で登場人物達が変化、成長していくことで物語が動いていく。このスタイルは、インタビューを読む限りでは糸井重里が『MOTHER3』の中でやろうとしていたことに非常に近いとも感じる。ただし、『MOTHER3』ではそのスタイルが未完成の状態であったようにも感じられるが。
      街を主人公にしようとしてイマイチやり切れなかった『MOTHER3』に比べて、ハリーポッターシリーズではホグワーツ魔法学校を主人公に据えることに成功したように思える。あくまでも主人公は学校そのものであり、その中のハリーポッターに照準を合わせたに過ぎないのだ。もし、JKローリングが金の亡者であるならば、ハリーポッターの物語が完結した後も、人気のあった脇役の生徒や教師を主人公にして、いくらでもサイドストーリーを出版できるだろう。というか、そのうち出そうな気もする。

      タイトルは一度、『ハリーポッタ−と混血の王子』というものが発表されていたが、ふたを開けると『ハリーポッターと謎のプリンス』に変わっていた。『混血の王子』の方が語感がかっこいいじゃないかと思っていたのだが、読後は『混血の王子』にしてしまうと若干物語の内容とは異なる気もしたので、タイトルはこれで良かったのだと納得。本当はもっと良いタイトルになるべき言葉が出てきたけれども、それだと勘のよい人にはタイトルだけでネタバレしそうだし。

      何にしろ、最終巻では上記のようなスタイルとはガラリと趣きを変えそうな予感がする。今から楽しみでしょうがないのだ。うずうず。

      今西祐行(いまにしすけゆき)の訃報に関して

      2004.12.21 Tuesday

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        今西祐行(いまにしすけゆき)

        本日、児童文学作家の今西祐行(いまにしすけゆき)の訃報を知る。

        子供の頃、何冊かの彼の書いた本を飽きるくらい読み返していたので(小さいときって、気に入れば同じモノを何度でも繰り返し読んだり、観たりできるから不思議だ)、何とも言えぬ気分になる。
        ちょうど今年、何故だか彼の書いた本を読み返したくなり、9月に実家に帰ったとき、彼の書いた本の中でも一番好きな『りんごとバイオリン』を持ち帰ってきた。持ってきたはいいが、結局まだ読み返せていない矢先の訃報だった。

        この『りんごとバイオリン』という物語が僕は本当に大好きで、就職活動の時、エントリーシート等で「好きな本」という項目があるときは必ずこの作品を挙げていた(大抵3冊くらい挙げなければならないので、残り2冊は、ミヒャエル・エンデ『はてしない物語』と、村上春樹『世界の終わりとハードボイルドワンダーランド』と決まって書いていた。この2冊ってどっちも物語を進める手法が同じだったりする。)

        せっかくだから『りんごとバイオリン』の内容について色々書きたいのだけども、内容がかなりうろ覚え、というか、全然細かい部分が思い出せない。で、Amazonでの紹介文にはこんな感じで内容が紹介されていた。

        昭和のはじめ、バイオリンに魅せられた少年進二は、いつの日か自分の手で作りたいと夢をもつ。忙しい家業のかたわら、本を読み、バイオリンを習い、材料の木を求めて山を歩く。やがて、Yuki Stradivarius copyが完成する。

        このYuki Stradivarius copy(ユキ・ストラディバリウス・コピー)というのは、主人公が作るヴァイオリンの名前なのだが、ストラディバリウスは言わずと知れたストラディバリウスであり、僕はこの物語でストラディバリウスというヴァイオリンの名器があることを知った。ユキというのはこの物語のヒロインで、最後のほうで死んでしまう。その死後、主人公は一心不乱にヴァイオリンを作り、遂にはストラディバリウスにも勝るとも劣らない名器を完成させるのである。
        ディテールが全く思い出せないが、とにかく読後感が素晴らしかったことだけを覚えている。いつまでもいつまでも余韻が残るような感じで、最後に読んでから10数年経ち、物語の内容を忘れた今でも、ずっと余韻だけが残っているのだろう。

        冬ソナ、セカチューなどよりもずっと美しい純愛モノだったと記憶している。当時小学生だった僕には少し恥ずかしくもあり、だけど胸がジーンとなったことだけが今も記憶に残る。

        他にも今西祐行の作品で印象的なのがあって、それがマタルぺシュぺ物語という長編で、第1部が、『名栗川少年記』、第2部が『留辺蕊(るべしべ)の春』と題する物語であった。

        Amazonの内容紹介を引用すると、

        『名栗川少年記』
        幕末から明治初頭にかけ、世直し将軍の旗の下に、激しい打ちこわしがおこる。官軍との争いにまきこまれたいかだ荒らし弥太兵衛の死。その息子弥吉は、父を探すうちに自由民権運動に加わる。父と子は2代にわたり激動の時代を生きぬく。

        『留辺蕊(るべしべ)の春』
        志なかばで挫折した弥吉は、開拓地北海道にわたる。川に流されたゆき乃を助け、キリスト教徒の開拓農民たちと知りあい、やがて、新しい生活に入っていく。"マタルペシュペ=雪深い冬に越える道"をつくろうと懸命に生きる人びとの姿を描く。

        う〜む、あらすじを読んだだけでもむちゃくちゃ面白そうだ(というか、何度も読んだはずなのだが、全然忘れてる)。誰か映画化してもよさそうなものだが。

        今西祐行は早稲田の児童文学会出身ということは、ネットで調べて始めてわかった。そうそうたるメンツが顔を並べているが、その中で、坪田譲治も忘れがたい作家だ。多分、今西祐行よりも多くの作品を読んでいた覚えがある。児童文学とは言っても、『子供の四季』シリーズは子供心にも何か不穏な空気すら感じられる名作だと思う。

        それにしても、改めてAmazon等で調べると、これらの名作はほとんど手に入らない。書店等にも在庫があまり無いようである。今西祐行の訃報は残念なことだが、これを機に再評価なり、追悼コーナーを設ける書店が現れてもおかしくは無いので、もしかしたら再版などもされるのかも知れない。少なくとも早稲田の生協ぐらいではちゃんと置いているべきだ。

        しかし、どういうきっかけからうちの両親が僕にこれらの作家の作品を買い与えていたのかはわからないが、今思うとその選本センスの良さに感謝の念を抱かずにはいられない。

        今西祐行氏の冥福をお祈りします。

        『ハリーポッターと不死鳥の騎士団』に関して

        2004.09.03 Friday

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          昨日、一日を費やして『ハリー・ポッターと不死鳥の騎士団』を読破した。上下巻合わせて約1300ページという文字通りの大長編である。1日で10時間以上も読書をしたというのは久しぶりの体験だったが、とにかく先が気になるので読んでしまわぬことにはどうしようも無いのである。段々と『FF』や『ドラクエ』と同じ感覚になってきたと思う。

          ネタバレするような内容に関しては一切触れないように気をつけながら、簡単な感想をば。
          一言で言えば、「重い」ということ。
          ずっと読みつづけて感じることだが、ハリーポッターシリーズは、人物(特にハリー)の心理描写が細かい。というより、適当に雰囲気で片付けてしまうことが無いのだ。何かの事象に対して必ずと言っていいほど、ハリーが感じたこと、思っていることをきっちり言葉で表現されているのだ。これってやはり子供達が読むことを前提にしているから、このような丁寧な表現になるではなかろうか?
          大人相手の表現は必ずしも説明的でなくて良い。大人の読者は、勝手に深読みしたり、雰囲気で勝手に何となく理解したようなふりをしてくれるからだ。わけのわからない難解なものをあえて好む輩もたくさんいる。
          子供は感覚的なようでいて、非常に合理的にものを考えると思う。じゃあ、大人は感覚的かというとそうでもなくて、日々の生活に追われるうちに細かいことにこだわること自体、面倒になってしまうだけだ。でも、子供達は(全部がそうというわけでもないはずだが)大人に比べると、つじつまの合わないことに敏感だ。だから、ハリーポッターシリーズは、本当にきめ細かくハリーの心理を描写していく。ハリーの行動や、起こる事件に対して全て納得の行く理由が付けられているのだ。
          子供を本気で楽しませるためには中途半端なことをやっていては絶対に伝わらないと思う。

          前作の『炎のゴブレット』でヴォルデモート卿がついに復活してしまったので、今作はそのヴォルデモートを倒すための戦いが始まるというクライマックスに向けての序章という印象を受けた。だから、今までの登場人物に加え、新たな登場人物も、前作までと比べても大分多くなり、それら一人一人が何か問題を抱えており、それが丁寧に叙述されているため、必然的にページ数は多くなる。今作は、人物描写に多くを割いたために、いわゆるアクションは少ないという印象を受けた。前作が前半のクライマックスであったがために、そのギャップは大きい。

          また、「重さ」の大きな要素として、ハリーはこんなにダーティーだったか、と思うほどハリーは親友やダンブルドアに対して、不信感を募らせるのだ。物語が終わってもその不信感が完全に解消されたとは言い難い。
          ハリー、ロン、ハーマイオニーの仲良し3人組の関係にもどことなくぎこちなさを感じる場面が多かった。無邪気だった頃がまるで遠い昔の出来事のようで、一抹の寂しさを覚えてしまう。特に今回はハリーとハーマイオニーの関係があまり良くなかったと感じた。孤独感を深めていくハリーをよそにハーマイオニーはどことなく左翼的な方向へ偏っていく。(少々おおげさな言い方だけど)ロンも自分のことが手いっぱいで以前程ハリーと行動を共にできなくなっていく。

          ハリーポッターの物語はあと2巻で終わりとなる。次作のタイトルは『ハリーポッターと混血の王子』と発表されている。作者の話によると、「混血の王子」とはハリーでも、ヴォルデモートのことでもないらしい。この第6巻を読み解く大事な伏線が2巻の『秘密の部屋』にあるとのこと。実は『秘密の部屋』はハリーポッターの物語の重要な部分の伏線がはられているらしい。今回の『不死鳥の騎士団』のラストに明かされる秘密も実は『秘密の部屋』で伏線がはられていたと、松岡祐子のあとがきに書いてあった。

          この世界最高の物語の続きは現在銀行の金庫に厳重に保管されているとのこと。個人的に、ハーマイオニーに関していくつか謎が隠されていると感じるので、それが明かされるかもしれない第6巻が今から楽しみだ。

          映画版『炎のゴブレット』の撮影が6月から始まったらしく、ヴォルデモート役にはレイフ・ファインズがキャスティングされたとのこと。
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