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2017.01.13 Friday

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    ヴォルフガング・ティルマンス展に関して Part1

    2004.11.13 Saturday

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      初台にあるオペラシティアートギャラリーでは現在、ヴォルフガング・ティルマンスの大規模な展覧会「Freischwimmer(フライシュヴィマー)」が開催中である。
      そこで、パートを3つに分けてヴォルフガング・ティルマンスについて書かせてもらいます(なんせ文章がいちいち長くなりすぎるので)
      ちなみに、Freischwimmerとは、ドイツ語で「自由に泳ぐ人・自由に生きる人」と「初めてのスイミング・テスト」を意味するとのこと。


      ティルマンスの非常に簡単な経歴紹介
      1968年ドイツに生まれて、ロンドンに在住する写真家ヴォルフガング・ティルマンスは、独学で写真を学び、『i-D』等の雑誌撮影の仕事に携わり、93年の初個展を皮切りにアーティストとして活動し始める。2000年にターナー賞受賞。2003年テイト・ブリテンにて集大成ともなる個展を開催、とのことです。

      ティルマンスの展覧会は、個人的な写真ブームとあいまって、ラリー・クラークの展覧会と並ぶこの秋の期待のイベントであった。
      10月16日の開催初日にティルマンス本人がやってくるというトークイベントがあったので、「これは行かねば」との想いから足を運んできた。

      14時からだったので、30分前に会場に着くとすぐに後悔することになる。普段はガラガラのアートギャラリーは、東京中の写真学校の生徒達が集結したのではないか思うくらいの人だかりだ。
      入口から遠く遠〜く離れた列の最後尾にとりあえず並びながら、やっぱり帰ろうかどうかという思案をめぐらした。まず、こんな人数入ることができるのか?

      しかし、そんな思案をめぐらすうちに僕もいつのまにやら列の先頭の方まで来て、チケットを買い、流されるままに入場してしまった。

      初台オペラシティアートギャラリーは、いくつかの部屋というか仕切りによって、区切られている。その中でも一番広いスペースにティルマンスは現れ、話をするのだ。

      会場はうんざりするくらいの人だかりで、真ん中の壁の側に3つの椅子が並べられて、その周りを囲むように観客達はティルマンスの登場を待っている。僕は比較的ティルマンスが正面に見えるであろうポジションについた。周りには満員電車なみに人がいるのだが、こういうとき背が高いと便利なもので、そこまで圧迫感は感じないし(むしろ与えているほうか)、周りもよく見渡せる。


      ティルマンスの展覧会は彼独特のインスタレーションとなっており、たんに額に入った写真が整然と並べられているわけではない。多分作品の配置ひとつひとつに、本人にしかわからないような意味が込められてあり、膨大な量の写真達が、形状も位置も不規則なままで、雑然と飾られているのだ。
      今となっては一枚数十万〜数百万はするであろう彼の作品群が、剥き出しのまま、セロテープやどこにでもあるようなクリップなどで壁に止められている景観はなかなかのインパクトである。
      特に写真に言えることだが、額などに飾ってしまうと、会場の照明が反射したりしてフィルターをかけられたように作品そのものから発せられる力のようなものが弱まるような気がして不満に思っていた。剥き出しのティルマンスの作品群はプリントの質感や、表面に付着したほこりまでもが見えるので、写真集で観る写真の印象とはまた違ったものがあった。

      なかなか登場しないティルマンスが座るであろう椅子の方を背に向けて近くの壁に飾られている写真を観ると、リチャード・D・ジェームスこと、エイフェックスツインの名で知られるミュージシャンのポートレイトがある。写真の中のエイフェックスツインは、CDジャケットに出てくるようなまがまがしい表情ではない。フレームの中にいるのは穏やかな表情をした、ただのリチャードである。なんてことは無いポートレイトなのだが、そこら辺のお父様方が撮る娘息子のポートレイトとは圧倒的な違いがあり、それが技術的なことなのか、それともそんなものを超越した見えない力なのか僕にはわからないのだが、ティルマンスの写真は“イイ”のである。

      Richard D. James Album

      やっとのことでティルマンスと通訳の女性、それからインタビューをする女性の3人が会場に現れた。フードパーカーにジーンズというラフな格好のティルマンスは気立てのよさそうな兄ちゃんである(彼はゲイですが)。
      基本的にインタビュアーが話しを振って、それにティルマンスが答えるという形でイベントは行われた。しかしながら、ティルマンスは当然英語なので、その後通訳のおばちゃんが日本語で話すので一つ話すだけでいちいち時間がかかってしまう。戸田奈津子ほどではないが、どうしてもスラスラと会話が流れないので、立っている身としてはいささか辛い。



      話している内容も、『雑誌のインタビューを読めば充分なんではないか?』という疑問が自分の中に生まれたらもう終わりだ。
      僕は帰りたくてしょうがなくなった。
      土曜の昼間から何故このゲイの兄ちゃんの姿を観に来なければいけないのか?上戸彩でも来るのならいいが、話の内容も取り立てて特別なものでない以上、これ以上この場にいるのは時間の無駄ではないか?
      それでも粘ったが、立ち疲れて帰りたいという想いが頭のを占めて、話しの内容が全然頭に入ってないことに気づき僕は会場を後にする。

      展覧会自体を観ていなかったので、観て帰ろうかと思ったが、あまりの混雑にそんな気も失せ、僕は何の作品も観ずに、パンフレットを買ってから、京王線の初台駅に向かっていった。

      ティルマンスの写真集を1冊持っているのだが、その写真集以降、ティルマンスは『抽象写真』と呼ばれる作品を発表し始める。それは何か被写体があって、それに向けてシャッターを押しているといったようなものではなく、現像の過程で直接ネガに光を当てたり、プリントの際に加工を施して作られた作品である。
      この『抽象写真』が、ティルマンスをフォトグラファーなのかアーティストなのかなどという既成のカテゴリーではくくるのことのできなくなった大きな要因であろうかと思うのだが、僕にはさっぱりその『抽象写真』が意味するものが理解できなかった。他の写真の何を理解しているのかと問われれば答えるのは難しいのだが、それでも被写体が現実の世界に存在するものである限り、写真は「わかった」気になれるものだ。しかし、この『抽象写真』はわからない・・・

      この『抽象写真』について、ヴォルフガング・ティルマンス展の企画として10月31日に開催された、写真評論家の清水穣氏の講義で非常に明朗で興味深い話が聞けたので、Part2ではそのことについて少々。

      ヴォルフガング・ティルマンス展に関して Part2
      ヴォルフガング・ティルマンス展に関して Part3

      ヴォルフガング・ティルマンス展に関して Part2

      2004.11.13 Saturday

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        ヴォルフガング・ティルマンス展に関して Part1 より続く


        清水穣著『白と黒で―写真と…』

        10月31日 ティルマンス展の企画として開催された写真評論家の清水穣氏の講演に行ってきた。

        写真評論家の清水穣氏の書いた『白と黒で 写真と・・・』(現代思潮新社)を読んで、写真というのはこのような見方ができるのだなと感嘆していた矢先だったので、彼がティルマンスについて語るというからには行ってみないわけにはいかない。(というか、写真の評論書というものを初めて読んだので他にも良書はたくさんあるのかも知れないが)

        著書の中でも、雑誌「美術手帖」の最新号でも、展覧会のパンフでも清水穣氏はティルマンスについて語れる人物として登場しているので、日本におけるティルマンス研究の第一人者なのだろうと勝手に推測した。


        『Portraits』

        初台オペラシティアートギャラリーの中にある大きな会議室には多くの写真家の卵と思われる若者であふれ返っていた。(どっかの写真学校の生徒達だろうか)。そこに、温厚そうな顔をした清水氏が登場して講義が始まった。

        講義のテーマは、「ティルマンスの抽象写真の誕生について」だ。
        この講義で非常にセンチメンタルな話を聞くことができたので、それをなるべく簡潔にまとめてみたい。

        清水氏の話によると、ティルマンスの抽象写真は、1997年から始まる。というのは、その年に彼は愛する恋人をエイズによって失うのだ。ティルマンスはゲイなので、もちろん相手は男性で、ヨッヘン・クライン(Jochen Klein)というアーティストだった。ティルマンスとヨッヘンは95年にNYで知り合い、ロンドンで同棲を始める。そのときの愛の生活は、「For When I'm Weak I'm Strong」という個展のカタログに写真で収められている。その中で、ヨッヘンが滝で水浴びをしている写真のタイトルに「Haselmaus」と付けられている。これは、ネズミ(maus)を意味する単語で、ティルマンスはヨッヘンをネズミの愛称で呼んでいたのだ。 だからこの「For When I'm Weak I'm Strong」の表紙はネズミの写真になっている。

        ヨッヘンとの愛の生活はヨッヘンがエイズで亡くなる1997年まで続く。ヨッヘンの死後、刊行された『Burg』という写真集にはヨッヘンが亡くなる前後の写真が数多く収められている。その中に、「Fur immer Burgen」という写真がある。それは、ティルマンスの手と、脈拍を測る機械のようなものがついたヨッヘンの手が繋がっている写真で、フレームの中には二人の手が収められている。これはどうやらヨッヘンが息を引き取る直前に撮られた写真のようで、彼の作品の中でも最もセンチメンタルな写真の一つであろう。「Fur immer Burgen」というタイトルはドイツ語で、「永遠の砦」という意味らしい。写真集のタイトルにもなっている「Burg」はドイツ語で「砦」を意味するのだ。そして、「Burgen」は「Burg」の複数形なのだ。「Fur immer Burgen」では二人の手が繋がっているので複数形なのだが、ヨッヘンの死後刊行された「Burg」は、単数形なのだ。

        さらに、この「Burg」のセンチメンタルな部分は表紙カバーを外すと現れるイラストにあった。それはヨッヘンが書いたイラストで、前表紙には二つの繋がった砦が微笑んでいるという絵なのだ。そして裏表紙には、ベッドの上で抱き合っているネズミのイラストが書かれているのだ(先に述べたように、彼らは自分たちをネズミになぞらえていた)。


        『Burg』
        表紙カバーは上にあるように、ネズミの写真である。ネズミが入っている封筒にはヨッヘンの住所が書かれているのだ。
        また、写真集の中に、ヨッヘンの死後、ヨッヘンのいたスタジオにティルマンスが一人座っている写真がある。「o.M」というタイトルのこの作品は、「WithOut Maus」を意味しているし、なんてことの無いような、皿にのっただけの食事を上から写しただけの静物写真が、実はヨッヘンと最後に旅行に行ったときの帰りの飛行機の機内食だったりと、「Burg」はヨッヘンとの思い出を記録した非常にパーソナルな写真集だったのだ。


        『Still Life』

        ティルマンスの抽象写真が登場するのは、ヨッヘンの死後である。抽象写真の片鱗が現れる写真では、過去に発表済みのヨッヘンと旅行に行ったときの写真をプリント加工して、別の作品に生まれ変わらせるといったものだった。ヨッヘンの新しい写真をもう撮ることのできないティルマンスは過去の写真に再加工を施すことで、新しいヨッヘンを写し出そうとしたのである。そして、2000年の作品「I don't want to get over you.(君を忘れたくない)」と名づけられた写真は、現像時にネガに直接光をあてることによって加工されたものらしく、ボヤッとした色彩の中に、形をなしていない影のようなものが写しこまれている。ここでもティルマンスは死んだヨッヘンの影を写しこもうという試みをしていたのである。

        この世には実在しないものを映すために生まれた抽象写真は表現の純化であり、かつて存在したが、今は存在しないものを映そうとする試みはノスタルジーの極致でもある。

        美術作品(?)に対し深読みしたり、評論家の言葉の受け売りで語ることが決してよいことだとは思えないが、こういう講義を聴くことで、そのアーティストに対して愛着が湧くし、背景を知ることによって作品を見る眼が全然変わってくる。少なくともティルマンスの抽象写真については、何も背景を知らずしてどこに良さを見出せばよいのかというのが素直な感想だった。清水氏の話をきっかけに、ティルマンスに対する理解が深まったような気がして非常に有意義な時間を過ごせたと思う。


        ↑これは抽象ではないですね。

        ちなみに、ここで書いたことは清水氏の講義を自分なりに覚えていることを簡潔にまとめただけなので、必ずしも清水氏の話されたこととは違っているかも知れません。あの講義に参加していた人でこれを見て、「お前言ってること全然違うよ」なんて思っても文句は言わないでくださいな。
        それから、ティルマンスとヨッヘンのエピソードについてはティルマンス本人が詳細に語ったわけではなく、ティルマンスが写真集に寄せて書いた文章や、作品の日付やその他諸々の資料から推測されることらしいです。清水氏自体はインタビューなどはしてますが、ティルマンス本人と個人的に親しい仲というわけではないそうです。なので、ティルマンス自身が「抽象写真」の意味を全然違うように語ったらそちらが真実になってしまう場合もありますね(清水氏の説でほぼ間違いないと思いますが)。

        ヴォルフガング・ティルマンス展に関して Part3へ続く

        ヴォルフガング・ティルマンス展に関して Part3

        2004.11.13 Saturday

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          ヴォルフガング・ティルマンス展に関して Part2 より続く


          pet shop boys 『release』
          ティルマンスは、まだ数は少ないが映像作品も手がけている。それが、ペット・ショップ・ボーイズ(彼らも代表的なゲイミュージシャン)の2002年の『release』というアルバムに収録された『HOME AND DRY』という曲のビデオクリップである。
          このビデオはロンドンの地下鉄に巣食う2匹のネズミの生態を追いかけるというもので、part2でも述べたように、このネズミはまさにティルマンスと今は亡き恋人のヨッヘン・クラインを象徴するモチーフなのである。
          最新号の『美術手帖』では、ティルマンスの映像感覚について飯田高誉氏の文が載っているが、そこではまた清水穣氏とは異なる視点でティルマンスが語られていた。
          彼は、フランソワ・オゾン監督の『ホームドラマSITCOM / LA PETITE MORT』よりティルマンスのネズミを連想する。そして、『HOME AND DRY』のビデオから、ガス・ヴァン・サントの『GELLY』へと連想を広げていくのである。


          初台で開催中のティルマンス展でも彼の映像作品は展示されている。それは、ただクラブにある照明機器を延々と映しているだけの作品で、様々な光が踊るように動いている映像だ。真っ暗な部屋にその映像と、安っぽい感じのハウスが流れているのだが、これがどう反応してよいかわからないくらいにつまらない。
          僕は清水穣氏の講義の質疑応答でティルマンスの映像作品と恋人ヨッヘンとの関連は何か見出せるのか、と質問してみた。清水氏はティルマンスの映像作品についてはまだ考えがまとまっていないようだったが、ネズミの出てくる『HOME AND DRY』に関しては写真作品と同じく、ヨッヘンへの想いから生まれたものだろうと言うのだが、展覧会に展示されているビデオに関しては僕と同じくつまらないものだと苦笑していた。

          ここからは僕の意見だが、ティルマンスが抽象写真において死んだ恋人の影を映しこもうとしたように、彼はクラブの照明の踊る光に何らかのヨッヘンの面影を見出しているのかもしれない。あのビデオでの被写体は照明ではなく踊る光なのだ。“光をつかむ”ためにティルマンスはカメラを回した。カメラの仕組みがシャッターを開き、光を捕らえるというものである限り、“光をつかむ”行為は写真表現の最も原始的な行為である。わざわざ動画として残したのは、静止する光ではなく、躍動する光(ヨッヘン)をつかまえたかったからではないだろうか?そう考えると、あの退屈な作品はもしかしたらティルマンスの表現が次の段階へ進むための一つの実験であったのかも知れない。


          清水氏は、ティルマンスの最新作(オペラシティ近くの WAKO WORKS OF ARTにて展示中)についても、彼がヨッヘンの死の呪縛から解き放たれて、次の表現に向かおうとしているということが感じ取れると評していた。

          それにしても、カメラという機械の魅力は“光をつかむ”という点において、壮大なロマンを秘めているという点ではないだろうか?そしてティルマンスの作品やその背景からもわかるように、カメラは過去を残すという点において何よりもノスタルジックであるのだ。ふと考えると人間の生み出した機械の中で、カメラ(映像用も含む)だけが過去を向いた機械である。だからこそ、世界中の人々がカメラという機械そのものに魅了され、何らかの安らぎを見出すのかもしれない。

          ペット・ショップ・ボーイズ『HOME AND DRY』の意味は辞書を引くと、「無事に目的を果たす」とか「無事に家に帰り着く」といった慣用句である。やはりここにもノスタルジイは見つけられる。

          どうしようも無いくらい恋愛バカになっているときって、何をしていても相手のことを思ってしまうことがある。テレビを観ても、道を歩いていても、その人の面影を探し求めてしまう時がある。

          そのような思いで、もう二度と戻ることの無い恋人ヨッヘンとの生活を思い出しながら、ティルマンスはビデオカメラを持って2匹のネズミが帰る家を探し追いかけたのだろうか?


          ヴォルフガング・ティルマンス展に関して Part1
          ヴォルフガング・ティルマンス展に関して Part2
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